これは私の大学の同級生、Y君から聞いた話です。
私とY君は愛知県の某大学で出会いました。
学科が同じで2人とも九州出身、講義が被れば雑談をするくらいの仲になりました。
二年目の夏ごろのことです。
彼は私の住むアパートの1階に引っ越しすることにした、と話をしました。
彼の元居たアパートも私のアパートも、同じ最寄り駅で大学までの距離はそう変わりません。
それにこの季節、「引越しシーズンでも無いし何でまた?」と彼に聞いてみると、こんな体験を聞かせてくれました。
Y君は家賃と大学までの距離を重視したらしく、1K、家賃四万、築三十数年とやや古めの物件に決めたそうです。
その部屋は築年数こそ経っていたものの、綺麗にリフォームされており、フローリングにエアコン・洗濯機・掃除機が備え付けられていました。
私も一度お邪魔したことがありますが、ユニットバスだったしトイレも別、家賃四万にしては好物件だと思いました。
ただ一点、その部屋は天井が低いのが難点でした。
Y君はとても身長が高く、約190cm。
彼が少しでもジャンプしようものなら天井に穴が空いてしまうくらい近かったのです。
Y君は当初「まあ、部屋で暴れたりしないし、電球変えるのも楽そうだしいっか」 位にしか感じていなかったそうです。
七月中旬、扇風機のみでは耐えられない暑さに、彼は引っ越して初めてエアコンのスイッチを入れました。
エアコンはキリキリと音を立てながら、しばらくすると冷風を吐き出しました。
するとエアコンの吹き出し口から風に乗って、ヒラヒラと小さな紙が落ちてきたそうです。
なんだろう?
そう思って拾ってみると、それはノートの切れ端で、黒のボールペンで【みないで】 と下手な字で書いてあります。
Y君は一瞬動揺しましたが、すぐに前の住人のイタズラか何かだろう、とその紙を捨ててしまったそうです。
その夜、寝苦しさにエアコンをつけっぱなしにして寝ていると、妙な音が聞こえてきました。
コ、コンコン、ココ、カリカリ、コンコン、ガリ、と。
その音はエアコンの稼働音とは少し違い、小動物が内側から引っ掻くような音だったそうです。
五分ほどその音が続いたあと、 ボトッ と床に何かが落ちる音が聞こえてきました。
Y君がとっさにエアコンの下を見ると、細長い芋虫のようなものが3びき、床の上でモゾモゾと動いています。
とっさにティッシュ箱を掴み、その3つの虫らしきものを潰しました。
が、どうも感触がおかしい。
芋虫やムカデなら多少なりとも潰れた音や手応えがあると思うのですが、それは固く、ゴン、と言う音を立てたばかりか、まだ箱の下で蠢いている感触がします。
彼も仰天し、箱をのけてみるとそこには虫ではなく人の指が三本、関節を曲げて動いています。
彼は「うわぁっ!」と叫びながら飛び退き、急いで電気を付けました。
するとそこには先程見た指は無く、布団とティッシュ箱が転がって居るばかりでした。
もちろん部屋の隅々を探したのですがなにも見つからなかったそうです。
その日は寝る気になれず一晩YouTubeを付けて起きていたそうです。
次の日の朝、恐怖が薄れた頃に彼は思い切ってエアコンのカバーを外してみたそうです。
ところがホコリのつまったフィルターがあるだけで何もおかしい所は見当たりません。
見間違いということで彼は無理やり自分を納得させ、それ以上の追求をやめました。
それから2週間後、エアコンを付けたまま寝ている時です。
またエアコンから音が聞こえました。
しかし今度は ギギギ、ゴンッゴンッ、ギィギィ、 と何かを擦り付ける様な音だったそうです。
彼はハッと先日の出来事を思い出し、部屋の電気を付けながらエアコンを振り向きました。
すると電気がカチカチッと点灯すると同時に、吹き出し口の羽がパタン、と音を立てて閉まりました。
天井より10cmほど低く設置してあるエアコンの吹き出し口は、彼の目線と同じ高さで、彼にはその奥が見えてしまいました。
横に倒れた女の顔、おそらく右側を下にして彼を見つめていました。
四、五十歳くらいの中年の女で、無表情だったそうです。
吹き出し口がしまった後に遅れて髪の毛がスルスルと引っ込んでいきました。
それを見て、先日の出来事は見間違いなどではないと確信し、その日はファミレスで過ごしたそうです。
その後、彼は一年エアコンを使わずに扇風機で乗り切ったと教えてくれました。
彼は「それだけなら暑いのを我慢すればいいし。引っ越す気は無かった」そうなのですが、2年目の夏にその考えは無くなってしまった、と言いました。
二年目の夏、当初Y君は今年も扇風機で乗り切るか、と割り切っていました。
しかしその年は記録的な猛暑で、連日熱帯夜が続きました。
Y君は最初こそ我慢できていたものの、サークルの呑み帰りに気が大きくなり、帰宅後ついエアコンのスイッチを入れてしまったそうです。
一年ぶりの爽やかな冷風。
吹き出し口の目の前に立って全身に浴びていると、ふと風がやみました。
本体を確認すると電源のランプが消えています。
電源を入れ直そうとエアコンに手を伸ばした時、彼の耳にか細い音が聞こえてきました。
「あれ?電源は切れてないのか?」
確認するも、電源ランプは切れたままです。
音は一定のリズムでなっています。
そっと耳をエアコンに近づけると、
い………で、み……な、い、………み、な、い、で、み、な、い、で、み、な、い、で
無機質な女の声で「見ないで、見ないで」と繰り返し話し続けています。
意味を理解した瞬間、ひんやりとした感触と共に彼の視界は真っ暗になりました。
一瞬おいて、彼は目隠しをされたのだと気づきました。
そこからはあまりY君自身記憶が無いようです。
必死に手を振り払い一心不乱に近くのファミレスまで走ったのだそう。
それ以来彼はろくに部屋に帰れず、とにかく早く引越しできる場所を探し、私と同じアパートに落ち着いたそうです。
Y君は最後にこうつけ加えました。
「あの夜からさ、エアコン付けなくても夜になると音が聞こえるんだよ。
カタカタって。それにつられてそっち見たら吹き出し口がパタパタって…もう限界」