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マイマイさま

「お米一粒でも残したらバチが当たるよ」

僕がまだ小さかった頃、祖父母にずっと言われ続けてきた言葉だ。
父方の実家は小さい兼業農家で、田植えの時や刈り入れ時など、忙しくなる時期は両親と共に手伝いをしによく行っていた。
そんな時、採れたてのお米を食べると必ずそう言われていた。

お米を育てるのはとても大変で、一年間かけて苦労して収穫する。
その事実を、手伝いをする事で身に沁みて分かっていた僕は、
お米を残すなと言われる理由も子供ながらになんとなく理解していた。
今ではトラクターなどの活躍で昔よりも楽になったのだろうが、
機械など無い昔の時代はとても大変なことだったろう。
食べていけるかもわからない中で、ある年は凶作に襲われ、ある年は年貢に苦しめられ、
そんな苦労を何度も乗り越え受け継がれてきたのだ。
うちで採れたお米は、どこの有名なブランド米や高級なお米よりも美味かった。

しかし子供というのは無邪気で能天気なもので、
毎回そんなことを言われ続けると、ハッキリとした理由が聞きたくなってくる。
ある日、僕はなんとはなしに祖母に聞いてみた。
「なんで残しちゃいけないの?」と。
すると祖母は少し考えて、その後ニッコリしながらこう言った。
「マイマイ様が悲しむからだよ」と。
「マイマイ様ってなに?」と聞くと、「田んぼの神様だ」と言う。
どんなに苦しい時でも、田んぼが美味しいお米を生んでくれるのは
マイマイ様のおかげなんだよ。だから食べることに感謝をしないといけない。
残しちゃうなんてバチが当たるよ。
いただきます、ごちそうさま、って言うのも、マイマイ様への感謝の言葉なんだ。
小さかった僕にも分かるように、祖母は優しく簡単な言葉でそう言った。
僕はこの話に納得し、うちに神様がいてくれるという事を嬉しく思った。
そしてその日からはマイマイ様に感謝しながら食事を食べるのが習慣になった。

時の流れは残酷なもので、僕が中学生の頃に祖父が亡くなり、田んぼの手伝いは忙しくなった。
祖母は会いに行くたびに元気がなくなっていった。
いつも来てくれて悪いね、と言う祖母は、見る見るやせ細っていった。
田んぼを辞めて休んだらどうだと両親が提案するのだが、ご先祖様から継いだ大切なものだから、と譲ろうとしなかった。
そして僕が大人になったころ、無理が祟ったのか、祖母もついに他界した。
眠るような安らかな最期だった。
おばあちゃんっ子だった僕は年甲斐もなく泣きじゃくった。

祖父母が亡くなってから、しばらくは両親と僕とでお米を作っていたのだが、
少ない人数では実家も田んぼも管理が大変になってしまい、
いつしかその田んぼを耕すことはなくなってしまった。
僕も仕事が忙しくなり、両親も体の不調が目立ってきたのを機に、実家を土地ごとすべて売り払った。
そうして時間が経つにつれて、マイマイ様の事など頭から消えてしまった。

それからしばらくして、今度は僕が病を患った。
就職した会社に合わず、無理をして出社を続けていたが、僕はいつしかうつ病になっていたのだ。
物を食べても胃が受け付けず吐いてしまい、そのうちに料理をするのも億劫になった。
食べなくては、と思い食品を買い溜めしておくのだが、食べれない日が続き、食品は腐っていく。
だが、それを片付ける気力すら起きず、両親から貰った仕送りのお米にも虫が湧いてしまっていた。
眠らないといけないのに眠れず、そのくせ朝が来るのが嫌で嫌で仕方がなかった。
悲しくもないのに涙を流したり、一日ずっとトイレから出れずに吐き続ける日もあった。

そうして憔悴していく中で、いつからか僕には変なものが見えるようになった。
朝方、薄明るくなっていく部屋の中に、ぼんやりとだが見えるそれは、
凄くやせ細った子供のような姿の小さな”なにか”だった。
ベッド横のカーテンの前に立っており、こちらを見ているような雰囲気だった。
というのも、輪郭はぼやけ、顔も塗りつぶしたように真っ黒だったので、表情は見えない。
感情も読み取れないが、なんとなく責められているような印象があった。
そのなにかはほぼ毎日現れ、そしてそいつが現れるたびに、僕は何故か怖いというより、ノスタルジックな気分になる。
今思えば、感覚が完全に麻痺していたのだろう。

ああ、実家に帰りたい。祖父母に会いたい。うちのお米が食べたい。

もう何度もそいつを見た頃、ふとそう思った時、正体が分かった気がした。
小さい頃祖母に聞いた、マイマイ様だ。
何も食べず、実家のお米すら一口も手を付けず無駄にしていた僕を責めてるんだ。
そう確信した時、僕は初めて感情を思い切り出して泣いた。

両親に打ち明け、病院通いを始めたのはその後だった。
両親と一緒に住むようになり、しばらくの通院を経て自宅療養をする頃には、僕も元気を取り戻していた。
夕食の時、マイマイ様って覚えてる?と聞くと、両親共にあぁ、懐かしいねと頷いた。
「鬱でやられてる時に見たんだ。僕を責めるようにずっと見続けてたよ。 
やっぱりご飯はちゃんと食べないと駄目だね」
僕がそう言うと、両親は怪訝そうに「あれ、おばあちゃんの作り話だよ?」という。
単に僕に道徳的な話をしようと思い、その場で即興で思いついたものだったらしい。
うちにはそんな神様はいない、とのことだった。

ではあの時のあれは何だったのか。
うつ病のせいで疲れ切った脳が幻覚を見せていた、単なる僕の思い込みだったのか。
それにしてはハッキリと見えすぎていたし、それを見ていた、という記憶も鮮明なのだが。

残念ながら真相は今でもわからないままだ。
唯一ハッキリしてる事実は、今でもご飯を残したその日の夜、必ず枕元にあの時のなにかが立っている、という事だ。
あの時と変わらず、責めるように僕をずっと見つめている。

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