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晴れ着のレンタルショップ

以前、晴れ着のレンタルショップで働いていた時の話です。  
そのお店は一階が和装コーナー、二階が洋装コーナー、三階が事務所という造りのビルでした。  

成人式用の振袖の予約が始まる時期で、和装コーナーの期間限定応援スタッフとして配属された私は、
同期のスタッフと共に毎日着物のメンテナンスや着付け練習をしていました。  
入社して二ヶ月ほど経った頃でしょうか。
着付け練習で使用した振袖を畳み、元の場所へ戻そうと下を向いて作業をしていた時です。
視界の隅に女性の足が映りました。
黙って私の正面に立ち、こちらを見下ろしている気配があります。
私はすぐに同僚のTさんだろうと思いました。  
Tさんとは同期の女性です。
着物が大好きで朗らかな性格の可愛らしい方でした。
仕事で自分の手が空いたりすると、私の所にやって来ては「何か手伝う事はありますか?」と尋ねてくれるので、
この時もきっと手伝いに来てくれたのだろうと考えていたのです。  
しかし、相手は無言のまま立ち尽くしていました。  
不審に思って顔を上げると、目の前には誰も立っていません。
それどころか他のスタッフは遠く離れた場所で各々仕事をしており、近くに人がいた形跡もないのです。  
私は一瞬、事態が呑み込めませんでしたが、何か見間違いでもしたのだろうと作業に戻る事にしました。  

数日後、今度は先輩と草履の手入れをしていた時でした。
雑談をしながら草履を磨く先輩の背後を、Tさんが通り過ぎて行きました。
何とはなしに視線で追うと、彼女は音もなく木製の引き戸を開けてバックヤードへ消えて行きます。  
私は違和感を覚えました。
この勤め先のビルは相当古く、過去の大きな地震によって一部が歪んでいると聞かされていました。
バックヤードへ続く引き戸の辺りも例外ではありません。
戸を静かに開けようと気を遣っても、僅かな動きでガタガタと大きな音が鳴ってしまうのです。
それを音も立てずに開閉できるなんて。  
普段「この引き戸うるさいよね」などと笑いながら話していたのに、と内心首を傾げつつ、
バックヤードとは反対側に位置するレンタル受付カウンターへ目を向けました。

すると、そこには今し方引き戸の向こうへ消えたはずのTさんが書類を片手に事務仕事に勤しんでいるのです。  
思わず草履を磨く手が止まりました。
また見間違いかと疑いましたが、今回ばかりはTさんの顔をはっきりと確認しています。
バックヤードから戻ってカウンターへ行くには、私の目の前を通らなければいけませんので、
私に気付かれずに移動するのはまず無理でしょう。  
私は談笑しながら草履を磨く先輩に、この出来事について尋ねてみたかったのですが、
あまりにも突飛な内容のために話を持ち出す勇気がありませんでした。  
不可思議な体験を二度したものの、特に怖いと感じなかった事で、
私はその後も普通に勤務を続けていました。

そうして再び数日が過ぎ、すっかり不思議な出来事など忘れかけた頃です。  
先輩から三階の事務所へ書類を届けてほしいと頼まれ、預かったものを提出した帰りの事。
細い通路の窓際に影が落ちていました。
外からの光を受けて床にすぅっと伸びる、足の影です。
女性が両足を揃え、真っ直ぐ立っているようなシルエットがこちらを向いていました。  
ギクリと私は立ち止まりました。
床を凝視し、ゆっくり視線を上げて影の主を探しましたが、通路には私の他にスタッフはいません。
もう一度床へ視線を戻します。
やはり影だけがそこにありました。
膝から下の、足の影だけが。  

反射的に私は影の横を擦り抜けて全速力で一階へと駆け出していました。
今までの出来事では感じなかった恐怖が一気に湧き起った瞬間でした。  
息を切らせて先輩の元へ戻ると
「どうしたの?そんなに慌てて戻って来なくても大丈夫なのに」と笑われましたが、こちらはそれどころではありません。  
意を決して先輩に「あの、変な事を訊きますが・・・うちのお店って、出ます?」と尋ねました。
何が、とは明言しなかったにも係わらず、先輩は軽い調子で「幽霊?出るよ?」と答えます。
まるで天気の話でもするような口振りで彼女が続けたのは、数年前に店舗の目の前で起きた交通事故の話でした。  

先輩が入社する以前の出来事だそうですが、その事故によって若い女性が命を落とした事。
女性は成人式を控えており、振袖を着るのを楽しみにしていた事。
きっと振袖に未練が残って、うちのレンタルショップに現れているのだろう、という事を教えてくれました。  
「振袖への未練っていうのは、あくまで噂だけどね。
でも、幽霊が出るのは本当だよ。私は見てないけど、チーフは何回か見てるから」
と、先輩は微妙な表情で笑っていました。
何でも、残業で一人残ったチーフが戸締りを済ませて帰ろうとしたところ、
人影が自分を追い越して行ったというのです。
まだ残っている社員がいたのかと目を向けると、人影は閉じたままのドアを通り抜けて姿を消してしまったのだとか。  
意外にも結構な数のスタッフが女性の姿を目撃しているらしく、けれども実害はない、
頻度もそれ程多くないという結論から放置されている状態なのだそうです。
単に店内を彷徨っているだけなら無害だと。  

・・・本当に、そうでしょうか。
私が三階で遭遇した足の持ち主からは「これは危険なものだ」と本能で感じるような何かがありました。
勿論、私は霊能者ではありませんので、得体の知れない相手に恐怖しただけかも知れません。
むしろそうであってほしいと思います。
ただただ振袖に憧れてフロアを巡っているだけの女性であってほしい、と。

何故って、そのレンタルショップ、まだ普通に営業しているんです。
もしかしたら振袖を選んでいる時、試着をしている時、
鏡の前で振り袖姿を確認している時、隣で覗き込んでいるかも知れないではありませんか。  
あの、身体の芯から底冷えするような空気を漂わせた、足の持ち主が。  

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