夏の始まり

あれは梅雨が終わり蝉が鳴き始めた3年前の初夏の頃でした。

私はちょうどその頃、業務拡大の為、新しい事務所を借り、

引越しを済ませ、忙しくしていました。

その新しい事務所は5階建てのビルで、私はそのビルの2階の部屋を借りていました。

数日経った頃、アルバイトの女の子が

「私一人の時にドアが開き、誰か来たと思い廊下を見ると誰もいない。」

なんてことを言いだしました。

事務所のドアは開くとチリンチリンと音がするのですが、

それが鳴っても誰もいない。

そして、気のせいかと作業に戻るってしばらくすると、

廊下の先にある給湯室の冷蔵庫の開く音がする。

「なんだか怖いけど、昼間なので大丈夫です。」

とアルバイトの女の子は言いました。

それから数ヶ月後、私は夜中に事務所に行く用事ができ、

昼間の雑踏など無い、静寂に包まれた真っ暗なビルの玄関の鍵を開けました。

玄関はガラス扉の上下に鍵がついているタイプで、

下の鍵だけ閉めるというのがこのビルのルールでした。

私は玄関、階段、廊下と全ての電気をつけ、

2階の事務所に行き作業を済ませました。

その時なぜか「屋上からの夜景は綺麗かも。」

なんて思い、エレベーターで5階へ行き、そこからもう一階、階段を上がって屋上に出ました。

とても綺麗な夜景でここでバーベキューとか楽しそうと考えながらタバコを吸っていました。

数分経った時、チーンとエレベーターが開く音がしました。

あれ?電気つけっぱなしだったから警備の人が来たかな?

と思って見に行くと誰もいません。

私はアルバイトの女の子が言っていたことを思い出し、

怖くなったので帰ろうと思い、エレベーターでまず2階の事務所へ行って

廊下の電気を消し、そこから階段を降りて1階へ行きました。

階段横のエレベーターを見ると今エレベーターがいる階数を示す「5」のランプが光っていました。

え?自分は2階までエレベーターで降りてきた。

2が光ってないとおかしいのに。

このビルのルールでエレベーターを使用した際は1階へ下げておくのが決まりでした。

私は怖いながらも次に使う人のためにと↑のボタンを押しました。

そして階段の電気を消した時、上の方から

「カッカッカッカッ」とハイヒールで階段を駆け降りる音が聞こえました。

ヤバイ!来る!と思い即玄関へ。

玄関の電気を消し外へ出てしゃがんで玄関の扉の下の鍵を掛ける。

たったこれだけの動作。

しかし慌てていてなかなか鍵が掛けれず、やっとの思いでカチャっと鍵を掛けたその時、

ガラスドアの向こうにハイヒーツを履いた足が2本。

ダンッ!!!

という音がしゃがんでいる私の頭上から鳴る。

音の方を見る。

見なければどれだけ幸せだっただろう。

そこには、ガラスドアに両手をつき私をじっと見て能面みたいな顔で笑う女性の顔がありました。

その日はそれからすぐに帰り、次の日ビルのオーナーさんに聞いてみました。

オーナーさんはこんな事を教えてくれました。

多分ここの5階に入ってた事務所の女性だと思う。

よく失敗をする子で、怒られてばかりで、屋上で泣いていたらしい。

2階の階段の踊り場の電気にロープを掛けて首吊り自殺をしたと。

私は今もそのビルを借りていますし夜中にもよく行きますが、

そんな体験をしたのはこの日だけです。

おしまい。

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