生霊

これは10数年前に実際に体験して生涯で一番怖かった話をしていきたいと思います。

当時、私は音楽関係のウェブサイトを開いていました。 
由美子と言う女性が度々、私のサイトの掲示板にコメントを残していくようになったんです。
彼女もウェブサイトを運営していたので、相互リンク仲間を探してたようです。
お互い運営してる内容は全く違いましたが、ある趣味を通じて仲良くなり、
互いの連絡先を交換してメールの交換から、
お互いの家がそう遠くない事もあり実際に会ってお喋りなどする仲となりました。
由美子は中度の躁鬱(そううつ)病を患っていましたが、
私といる時は落ち着いている事が多かったので、特に普通に接していました。

由美子には和彦君と言う彼氏がいて同棲しており、とても仲が良く二人で家に遊びに来ることもありました。
礼儀正しく笑顔が爽やかな好青年でした。
3ヶ月ぐらい経った頃、突然、由美子から電話があり
「今からそっちへ行っていい?」との事でした。
特に用事も無かったので快く承諾しました。
躁鬱(そううつ)病があるとは言え、その時の彼女は少し様子が違っていて心配ごとを抱えてるような感じで、
「何かあったの?喧嘩でもした?」と聞いても首を横に振るだけでした。
すると彼女の携帯が鳴り、彼女が取ると和彦君からでした。
「うん、今、私ちゃん家に遊びに来てるんだ。夕方迄には帰るよ。え?…うん、分かった。」
と言って電話を切った彼女は浮かない顔で、こう言いました。
「これから迎えに来るって」
「面倒見の良い彼氏だね」って言うと、由美子の顔が更に曇りました。
「どうしたの?」と聞くと暫く黙った後、
「実は、和彦が何だかおかしいんだ」と言いだしました。
更に詳しい事を聞こうとしたら、和彦君が到着。中に入って貰うと結構ご立腹のようすです。
彼氏に何も言わず遊びに出たなと思いましたが、
何故か和彦君は私を睨んだまま一言も発せず、彼女を強引に連れて帰りました。
翌日、由美子から電話があり、
「昨日はごめんね。また近いうち会おうね」と言ってきました。
「和彦君どうしたの?普段と何か違ったけど。私何かしたかな?」と言うと、
由美子は「私ちゃんのせいじゃないから心配しないで」と言って電話を切りました。

そして2週間後、由美子から突然連絡があり、私の最寄駅にいるので飲みに行かない?との事でした。
夜の8時ぐらいだったでしょうか、駅前まで自転車で行き、近くの居酒屋に入りましたが、
数分おきに和彦君からの電話が入ります。
都度、由美子が「私ちゃんと今〇〇駅前の〇〇って居酒屋で飲んでる。もう少しかかるよ」と説明をするのですが、
だんだん電話口の向こうで怒鳴り声が聞こえてきました。
私が「そろそろ帰った方がいいんじゃない?」と言うと「うん大丈夫!」と心配すらしてない由美子。
その後、私達のいる居酒屋に和彦君が凄い剣幕で乗り込んできました。
勿論そこでお開き。多分15分位しかいなかったでしょう。
他で飲み直そうと思った私を由美子は「酔ったみたいだから一緒に来て」と言います。
ビール一杯で酔う彼女では無かっけど、その懇願(こんがん)するような目にしかたなく3人で和彦君の車まで歩いて行きました。

由美子達が車に乗り込んだのを見届けてから、そこを立ち去ろうとした時に、
和彦君が「私ちゃんも乗りなよ。送ってくよ」と声をかけて来たので顔を向けると、
運転席にはまるで別人の男性が座ってました。
一瞬ドキっとしたけど、よく見ると和彦君なんです。
でも何と言うか顔付きが変わっており、温和な顔は見る影もなく、吊り上った目、
不吉な笑いを浮かべた口元は大きく耳まで裂けていました。
更には、彼の全身を黒い煙のようなモヤが包んでいるのです。 
私酔ってる?と思い瞬き(まばたき)をしましたが、その黒い和彦君は間違いなくそこにいました。 
これはヤヴァイもの見ちゃったと思った私は手短に丁寧に断り、その場を後にしました。
もう飲み直しどころじゃ無いので真っ直ぐ家路を急ぎました。
後ろから何か得体の知れないものが追いかけてくるような気配を背中いっぱいに感じて
自転車を全速力で漕いで走りました。振り返る勇気はありませんでした。

当時私は5階建のマンションの3階に住んでおりました。
エレベーターも屋上も無い古いタイプのマンションでしたので、
階段を一気に駆け上がり部屋に転がるように入りました。
上がった息が整わないうちに、作業用として使っていた和室の部屋に入り座り込みました。
頭の中にはまだ真っ黒の煙のようなモヤに包まれ不気味な笑みを浮かべた和彦君の姿が浮かんでいました。
すると窓ガラスがガタガタと音を立てて部屋が地震のように揺れたんです。
そして、窓ガラスを外からバンバン叩く音が聞こえて来たんです。
ここは3階です。しかもこの部屋の外にはベランダもなく、窓の下はマンションの入り口と道路があるだけです。
泥棒だって上がって来れないであろう作りです。
心の中で適当な念仏を唱えても効果は無く、揺れも音もどんどん大きくなっていきました。

当時、霊能者や霊媒師、オカルト研究家が集うオカルトクラブがあり、
私はそこに体験談を投稿したりして何人かと交流がありました。 
その中でオカルト研究者で霊能者である高木さんに電話をかけようとしましたが、
ボタンを押すと画面には文字化け現象がおこり電話がかけられない状態になっていました。
携帯使う方ならご存知だと思いますが、電話帳に記載されてる相手のボタンを押せば勝手に電話がかかりますよね? 
でも何回押しても番号がでたらめな羅列になっていくんです。
もう何が起きてるのか理解できず半泣き状態でした。
そこで、PCを立ち上げて、メールを送ろうとしましたが、打って行く文章が次々と意味をなさない文字に変換されていきます。
何度もその状態が続きましたが、取りあえず連絡をしたいが為に送信を何回もしました。

すると、高木さんから電話がかかって来ました。
どうやら、私が送ったメールの内容が支離滅裂だったので何かあったんだろうと心配してかけてくれたようです。
そこで、今日あった事を説明してみました。
私が話し終ると高木さんは暫く黙って考え込んだのち、こう話してくれました。
まず、その和彦君に憑りついているのは生霊とのことでした。
そして、高木さんが今追っているオカルト事件があるとの事。
その内容は、心が弱った人間に憑りついて死に至らしめる生霊が日本国内で事件を起こしてると言う事でした。
事件と言っても、ほとんどは自殺か他殺で済まされていました。
例えば、とても自殺なんてしなそうな人が突然ビルから飛び降りたり、
朝笑顔で出かけたサラリーマンが電車に飛び込んだりと理由も無しに自殺する。
また普段は温厚な人が突然暴れ出して家族に暴力を振るったり、時には殺したりするケースがあり、
それを不審に思った人から調べて欲しいと依頼があって調査してるとのことでした。
取り憑かれた人間は、性格も顔付きもガラりと変わるらしいです。

そしてその調査の過程で、ある女性の目撃情報が浮上したとの事です。
不審な死や事件がある場所には必ず、数週間前あたりから、ある女性が目撃されてるとの事でした。
真っ赤なワンピースで長い白髪と真っ赤なツバの広い帽子と言う特徴的な見た目で記憶に残った人が多かったそうです。
幽霊であるのか生きた人間なのか不明との事ですが、彼女が出没すると、
その町で誰かが不審な死を遂げるとの事で、調査をしていて何とかその女性が出没した居場所を突き止めたところ、逃げられてしまったと言います。
それが、丁度、和彦君がおかしくなった頃と同時期のようです。
引き続き調査をしてみると言う事と、由美子とは縁を切るように言われました。

次の日、由美子から電話がありましたが、わざと居留守をして出ませんでした。
するとメールが入り、「今からそっちへ行ってもいい?」とあったので、
来られたら困るので電話を掛け直しました。
すると、彼女の口から
「みんなから“和彦が人が変わったみたいだ”って言われるんだ。
性格だけじゃなく顔付きも変わって怖いって言われるし、別れた方がいいって言う人もいるんだよ。
でも私には和彦のどこが変わったのか全然理解できないの」とこぼしだしました。
昨日の晩見た和彦君の顔は見間違いじゃ無かったと彼女の言葉で確信しました。
誰の目にも明らかなんだと。そして悪い事が近く起こる事も確信しました。

私が「それでどうしたいの?」と聞くと由美子は分からないと言う。
しかも由美子はその周りから言われた事を和彦君に言ってしまったらしく、
彼が相当怒り狂ってるとのことで「そんな連中とは縁を切る」と息巻いてるそうです。
実際に数人ぐらい疎遠になりかけてるとのことでした。
携帯のアドレス帳もどんどん削除されてるそうで、今頼りになるのは私しかいないと言います。
さて、どうしたものかと悩んでいたら、由美子が
「昨日、私ちゃんは和彦と会ったよね?どこか変わったところあった?」と聞いてきました。
正直に話した方がいいのか暫く悩みましたが、本当の事を言う事にしました。
私に霊感がある事は由美子も知っていたし、私の性格上嘘をつくのができないのもありました。
「由美子には悪いけど、確かに和彦君には何か良く無いものが取り憑いてる。
それが彼の行動や顔つきを変えているんだと思う。
お祓いとかして貰った方がいいかもしれないよ」
となるべく当たり障り無いような言い方をしたつもりでしたが、
それを聞くなり、由美子の態度が変わりました。
「あっそう、私ちゃんもそう言うんだ?
和彦~、私ちゃんもみんなと同じ事言ってるよ~どうしたらいい~?」
と、何と彼女は和彦君のいる前で私に電話して来て、私の考えを聞きだして彼に報告してるのです。
近くで和彦君の怒声が聞こえてきました。
すると由美子が「私ちゃんは私の事嫉妬してるんでしょ。みんなもそうなんだよ。みんな死んじゃえばいい!」
と怒鳴ると電話は切れてしまいました。

その日の夕方、リンク仲間や友人から凄いメールが届いており、内容はどれも
「何があったの!」
「掲示板が凄い事になってるよ!」と言う事でした。
で、自分のサイトにアクセスして掲示板を見ると、由美子からの荒らしコメントがズラズラと書き込まれていました。
内容は事実無根であるけど、セクハラまがいの内容が主でした。
アバ〇レとかヤリ〇ンとか、いろんな思い付く限りの罵詈雑言がありました。
中でも女性とは思えない卑猥な単語が羅列されていたのは不愉快を通り越して鳥肌が立ちました。
これはこのままにしておくのはまずいと思い削除してましたが、それに気づいたのか由美子がしつこく書き込みしてきます。
削除しては書き込みされてが繰り返された時、私は彼女のIPアドレスを拒否して掲示板ごと削除しました。

その夜、高木さんより連絡がありました。
どうやら彼も掲示板の書き込みを見たようでした。
そして、これまでの事を更に詳しく聞かれました。
彼女の性格や病気、更には彼女が「息抜き」と称して和彦君と付き合ってるにも関わらず
援助交際してた事も含めて思い出す限り全部話しました。
すると、高木さんはこう言いました
「どうやら、和彦君に憑りついてたものが由美子さんにも憑依したようだ。
これまでもこういったケースが少なからずあって、一家心中のケースもあったんだ。上級霊媒師じゃないとお祓いは難しい。
私ちゃんは何があっても今後一切縁を切る事と、彼女から貰った物があったら全部捨てる事、家に置いていてはいけない。
彼女の連絡先、電話番号、メールアドレス、サイトでのリンク等、彼女に関わるものを一切消す事。
電話もメールも受信拒否にする事。彼女の痕跡を一切消す事が大事だから」との事でした。

その日のうちに彼女から貰った全ての物をゴミ捨て場に持って行きました。
連絡先も全て削除し、受信拒否して、掲示板も由美子が書き込んだ過去のスレも全て削除してと、そんな作業が朝まで続きました。
日常的に心霊体験はしていたものの、ここまで強烈なものに出くわした事の無い私は、暫く不安な日々を過ごしていました。

でも、それから1週間もしないうちに高木さんから連絡がありました。
例の女が現れたとの事でした。しかも私の住む駅であった事。
由美子たちはN区に住んでいます。
直線距離にしたら、そう遠くはないが、隣同士の区では無かったので、私が住むS区に現れたのが疑問でもありました。
「次のターゲットを狙ってるの?」と聞くと、高木さんは暫し沈黙ののち、
「私ちゃんは由美子さん若しくは和彦君から貰った物は全て捨てたよね?」と聞いてきました。勿論全部捨てました。
連絡先も全て削除したと言うと、高木さんは
「おかしいなあ。もう一度確認して貰えないかな。何か見落としがあるはず」と言うので、
「分かりました。もう一度部屋中探してみます」と言って電話を切りました。
そこで私は、彼女と知り合った頃に記憶を遡って一つ一つ詳細に思い出して行きました。
彼女が初めて遊びに来た日、あの時彼女からドーナッツのお土産貰ったっけなあ。
私はドーナッツは食べないんで、結局全部彼女がその場で平らげていたっけw等と思い出して、
私は思わず「あっ!」と大きな叫びにも近い声をあげてしまいました。

その時、彼女から名刺を貰っていたんです。
当時彼女は在宅でできるある仕事をしていました。
その時に使っていた名刺があり、それを貰っていたのです。
名刺の事をすっかり忘れていました。
どこに仕舞ったんだろ? う~ん、思い出せない。
あちこちのタンスや小物入れなどの引き出しを開けては中身をぶちまけて調べてみたけど見つからない。
するとまた、高木さんから連絡がありました。
「今、女の目撃情報から、女は〇〇方向へ向かったとみられる。私ちゃんの家は大丈夫?」
と言われ真っ青になりました。
〇〇方向とは紛れも無く私の住んでるマンションの方向です。
そこで、彼女から名刺を貰った事、そしてそれを探してるが見つからない事を早口で説明しました。
高木さんは、「それはまずい。早く見つけてそれを燃やしなさい。」と言って電話は切れました。
もう万事休すでした。
そこで大きく深呼吸をして、もう一度小物入れいの引き出しを順番に開けてみると、
彼女から貰った名刺が奥から出て来ました。
何故か名刺は貰った時よりも黒ずんでいました。
すぐに台所のシンクに持って行くと、ライターで火をつけ名刺を燃やしました。
名刺が燃え尽き、灰となったのを確認してから高木さんに電話を入れ
「名刺燃やしました。」と報告しました。
電話の向こうから高木さんの安堵の溜息が聞こえてきました。
女の姿を見かけて跡を追って来たけど、いきなり姿を消したと言う事でした。

その日を境に由美子と和彦君に関しての変な事は無くなりました。
高木さんの話では、女は別の場所へ移動したらしいとの事です。
相変わらず調査は続いてると言ってました。
それから、数日してから何気に見た朝刊の片隅に、「N区で若い男女の無理心中」の記事が小さく載ったのを見つけました。死後数日だと言う。
氏名は記載されてなかったけど、彼等だと私の直感がそう囁き(ささやき)ました。
でももう終わった事だし忘れよう。

もし身近の人がいきなり言動が乱暴になったり、顔付きが変わったりしたらすぐにお祓いに行くか、
縁を切ってしまう事をお勧めします。
知らずに感染してるかもしれません。
そうなったらもう手遅れとなるでしょう。

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