家電量販店に勤めているKさんから聞いた話である。
彼女は、販売員としての商品知識だけでなく、
仕入れから配送までの細かいルールを遵守して、神経質に仕事をこなしていた。
そればかりではない。
お客様相手なので、価格交渉や商品クレーム、修理対応で怒鳴られたり、
泣きたくなる事ばかり頻繁にあると、いつも愚痴を聞かされていた。
心身共に疲れ果て、家に帰り布団に入っても、仕事の事を色々考えて眠れなくなる時があるらしい。
彼女は、その浅い眠りの中、不気味な夢をみるようになったという。
最近はいつも同じ夢で、薄明かりの中、店の倉庫の長い通路を歩いていると、
反対側から土色の顔の知らない男の店員が歩いてくる。
すれ違いざま、その男の左手が、彼女の顔の方にぬーっと伸びてきて、
「うわぁっ!」 と叫び、よろけて転んだところで目が覚めるそうだ。
Kさんは、気になって倉庫の夢と同じ場所に行ってみると、脇の棚の上にお菓子が置いてあった。
それは、旅行に行った人がお土産としてみんなに配ったお菓子で、
(誰かが置き忘れたのかな。) と思ったそうだ。
それからというもの、倉庫に行くと、ついついその棚を見るようになり、
お菓子は、新しいお土産のお饅頭と入れ替わっていた。
それで彼女は、 (誰がお菓子を置くのだろう?)と不思議に思ったそうだ。
倉庫担当者に聞くと、それはシニア社員のAさんだと言う。
彼女は、Aさんにお菓子の事を尋ねた。
するとAさんは、彼女を倉庫に連れて行き、お饅頭の包みを開けて見せたそうだ。
「黒い石の塊のように見えた。」 と彼女は、後で私に話してくれた。
彼女も同じお饅頭を食べたので、中身は覚えていた。
最初は、 「なんか違う。腐ったのかな?」 と思ったそうだ。
するとシニア社員のAさんが、 「本当は内緒なんだけど、合併前にここで亡くなった人がいて、お菓子をお供えしてるんだよ。
まだここにいる気がするんだ。」 と話してくれたそうだ。
彼女が詳しく聞くと、
「若い男性の販売員だったけど、急に倒れて救急車で運ばれたんだ。でもダメだったよ。」 と答えた。
彼女は、それで納得した。
夢の中の男は、助けを求めて手を伸ばしてきたのかもしれないと。
Aさんから 「みんな怖がるから内緒にしてよ。」 と口止めされたらしい。
彼女の話では、今の店舗は、7年程前に2店舗が合併して1店舗になり、
元々この店にいた販売員は殆どが異動して、今ではシニア社員のAさんしか残っていないとのことだった。
それから数日後、彼女は、お客様からのクレームが続いて落胆し、再び精神的に追い込まれてしまった。
そして案の定、またあの夢をみた。
ところがその夢には、今までと違い、続きがあった。
倉庫でまた男の店員とすれ違い、左手が伸びてくる。
その手が彼女の顔の前までくると、急に彼女の首を両手で掴み絞め始めた。
(苦しい!やめて!) 男の顔が目の前にあったが、顔を認識出来ない。
土色ののっぺらぼうのようだったそうだ。
自分より大柄のしかも男に首を絞められ、手を振りほどこうと必死に抵抗した。
そしてもうだめだと思った瞬間、目が覚めたそうだ。
首を掴んだ男の骨張った手の感触が、とても生々しかったという。
それと同時に、次はどうなるのか想像すると怖くなった。
夢の中の男は、助けを求めていたはずだったのに、首を絞められた。
(何かが違う。) そんな感覚が芽生えたそうだ。
彼女は、シニア社員のAさんを再度問い詰めた。
すると、その男性店員は、病死ではなく、仕事の悩みを抱え、倉庫で首吊り自殺をしたという事だった。
自殺した男性は、自分と同じように仕事で追い詰められた彼女に取り憑き、道連れにしようとしていたのではないでしょうか。