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生きてる廃墟

私の通っていた小学校までの通学路は、少し変わっていた。
道が無い所に無理矢理、道を作ったような通学路で、もちろん車などは通れなかった。
家を出ると、まず堀(川)の上にコンクリートで蓋をしたその上を歩き、途中左折すると、民家の間の狭い砂利道を進む。
突き当たりに2階建ての薄汚れたボロボロのアパートがあって、道が無くなる。
でもそのアパートの中に柵で区切られた小道があり、廃墟に近いようなその古いアパートを横目に見ながら駆け足で通り抜けた。
2階の端の窓から、おじいさんがいつも私達を見下ろしていたのだ。

しかし、本当に怖いのはこの先で、アパートを抜けると、そこは林だった。
不自然な小道が200メートル位続く。
晴れていても空を覆い尽くす程の木々のせいで、いつも暗く肌寒かった。
踏み入る人も全く居ない林。
それどころか、林といっても木の根元には、丈の低い木やら草やらが生い茂っていたので、とても入ることは出来なかった。
恐る恐る小道を進むと、またもや右手に朽ちた木造の平家が1軒あり、そこに、出口なのか入口なのか不明だが、門が現れて林が終わる。
門の扉はいつも開いていて、そこを通ると景色が一変した。
明るく陽が差して、道は舗装され歩き易くなり、道幅は2メートル位だが、何より頭上に薔薇の花のアーチがあった。
門を抜けてすぐから花のアーチが100メートル位続いていた。
きちんと手入れがしてあって、その中にいると、不思議な気持ちになった。
現実世界から掛け離れた、夢の中にいるような感覚。
暗い林とあまりにも対照的で、子供ながらに異世界を感じた。
そして、住宅地を通ってようやく学校の裏門にたどり着く。
朝は、皆同じ時間帯なので、小学生も中学生もその道を通った。
しかし、帰りは怖くて一人では通れなかったので、かなり遠回りして車通りを友達と帰っていた。

遠い記憶なので、あやふやな点もあるが、5年生のある日学校で、私は、大切な宿題を家に忘れてきてしまったことに気付いた。
そこで仕方なく、昼休みにこっそりと取りに帰ることにした。
担任の女教師は、とても厳しくヒステリックに怒る方だった。
だから、5時間目の授業が始まるまでに何とか戻らなければならなかった。
私は、駆けっこには自信があったので、駆け足で家まで行くことにした。
朝とは逆のコースで、住宅地と薔薇のアーチを抜けて門を通ったら、平家があってあとは林。
道は道でも、酷いデコボコ道。
しかし、足もとを見ている余裕は無かった。
全速力で走った。 途中、何か塊を踏んだ途端に、大きくバランスを崩し、そのまま勢いよく身体全体を地面に強打して転がった。
少しの間、身体が固まって動けず、ようやく上半身を起こすと、体勢を整えて、同時に足の痛みに襲われた。
ショートパンツの下の両膝から、血がたれていた。
私は、よろよろと立ち上がって、どうしようかと考え始めた。(もう、走れない。家に戻れない。)
すると、自分でもよく分からなかったが、涙が溢れた。
「うっ、うっ、うっ…」 メンタルが、崩壊寸前だった。
その時、誰もいないと思っていた脇の木々の間から、ガサガサと音がして、古い着物のような服を着たおばあさんが出てきた。
私がびっくりしていると、おばあさんは私を見て、 「怪我したのか?」 と聞く。
そして、 「薬、塗ってやっから」 と言って歩き出した。
私は、涙を拭きながら、よろよろと後に付いて行くと、おばあさんは、あの門の横にあった平家の中に入って行った。
(この家の人だったんだ) と思っていると、中から呼ぶ声がして、私は、玄関の中に入った。
上がりがまちに腰掛けさせられて、靴と靴下を脱がされ、おばあさんが、桶の水で足を洗ってくれた。
そして、軟膏を塗って薄い紙をあて、テープで留めてくれた。
痛みはあったが、我慢出来た。
私は、おばあさんにお礼を言って、急ぎ学校へと引き返した。
担任の女教師には、宿題を忘れたことで散々怒られたが、不思議と平気だった。
何となく感じていたのは、忘れ物を取りに帰るという追い込まれた状態で、更に転んで最悪の状況となった時に、おばあさんが助けてくれた事が、大きな救いだった。
あの時の事を思えば、先生に怒られた事など、大した事ではなかったのだと思う。

その翌日だったと思う。
学校の給食で、大好きだった『あげパン』が出た。
パンを揚げて砂糖をまぶしてあるもので、私だけではなく、クラスの皆の好物だった。
私は、前日の事を思い出し、 (おばあさんにこのあげパンを食べさせてあげたい) と思って、こっそりパンを袋に入れ、カバンの中に隠した。
帰り道、いつもなら別の道を帰るはずだったが、今日は真っ直ぐあのおばあさんの家に向かった。
薔薇のアーチをくぐって、門を通り、おばあさんの家の玄関の前まで来ると、呼び鈴を押した。
しかし、呼び鈴は、鳴らなかった。 何度押しても鳴らない。
仕方なく、曇りガラスの引き戸を少し開けて、 「ごめんください。」
と言ったが、やはりおばあさんは、出てこなかった。
引き戸の隙間から中を覗いて、ある異変に気が付いた。
酷く荒れていた。 物が散乱して、足の踏み場もなく、何より白いほこりが積もっていた。
昨日、腰掛けたはずの上がりがまちの上も、腰掛けたお尻の跡以外、真っ白だった。
子供ながらに、ここには人は住めないと、直感した。
でも、おばあさんの存在を否定することは出来なかった。
昨日、確かに助けてもらったという記憶があった。
ところが、不思議なことに、おばあさんの顔は、思い出そうとしても思い出せなかったのだ。
私は、学校から持ち帰ったあげパンをそっと玄関の上がりがまちの上に置き、 「おばあさん、助けてもらってありがとう。これ食べてね。」
と言って戸を閉め、帰路に就いた。
それからずっと、中学校を卒業するまで、その道を通ったが、おばあさんの姿は一度も見ていない。

大人になり私は、廃墟を見かけると立ち止まり、外からただ眺めて帰る。
家屋でも店舗でもホテルでも病院でも。
やがてある法則に気が付いた。
『建物の前に立った時に、そこがまだ人によって成り立っていた時の情景が思い浮かぶかどうか』
その場所に何らかの魂が残っていると、割と鮮明に見えてくる。
というより、見せられているのだと思う。
人に限らず、物あるいは建物自体の魂が、私の脳裏に働き掛けてくる。
まるで意志でもあるかのように。
この様な『生きてる廃墟』には立ち入ってはならないと思う。
そこに眠る魂の邪魔をしてはいけない。
生きてる廃墟を去る時に、私はいつも、 「見せて頂きありがとうございます。これどうぞ。」
という気持ちで、ペットボトルをお供えする。
あの時のあげパンの代わりに。

朗読: 怪談朗読と午前二時

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