深夜残業

バブルも崩壊して、世間に不景気の嵐が吹き始めたころの話。

勤めていた会社が不景気で経営が怪しくなってきたこともあり、 歯科技工所なるところへ転職することにした。
あまり聞きなれない仕事ではあったが、 要は歯医者が採った患者の歯型を元に、銀歯や入れ歯を作ったりする会社だ。
医療関係なら不景気も関係ないだろうと安直に考えての応募だった。

そこでは歯科技工士と呼ばれる職人さんたちが働いていて、自分はそのサポートやお手伝いをする仕事に就いた。
少し変わっていたのが、この歯科技工所を経営する社長と言うのがまるでチンピラのような人で ヤクザや右翼との交流もあると自慢気に話す人だった。
ボクはこの社長からサポートという名の元、ありとあらゆる業務をやらされていた。

ある晩。もう十二時を回っており、歯科技工士さんたちも今夜は全員帰ってしまって ひとり深夜残業していた時の事である。
自分は歯医者が患者から引っこ抜いた大量の歯を前に、ガスバーナーに火を点火しているところだった。
千度にもなる高温の火で人間の歯をいぶすと、髪の毛を焼いたような、いや、まさに人間を焼いたような 独特の匂いを発しながら白くスカスカに燃えていく。
中にはパキパキと破裂するものもある。
いったいこれで何をしているのかというと、実はこれらの歯には、以前治療した銀歯がまだくっついたままなのだ。
火をかけると歯は燃えカスとなり、銀歯だけが残る。
取り出した銀歯は、融点の低い銀合金と融点の高いパラジウム合金に分けることができる。
それらの金属は回収して、また次の銀歯の治療に再利用されると言うわけだ。

そんな作業をしている時に、ふと、目の隅に人が通ったような動きが見え、一瞬そちらを見てしまっった。
誰もいないはずの暗い部屋の中を、一瞬、ほんの一瞬、足首から下だけの足が歩いて行ったように見えたのだ。
よく目を凝らして見直してみたものの、それっきりで怪しいものはない。

「ふぅ、疲れてんのかな?」

気を取り直して、人の歯を焼く仕事にとりかかろうとした時、外に車の着く音が聞こえ、ドアがおもむろに開いた。
そこには社長の姿があった。
泥だらけの長靴を履いて、いったいどこに行ってきたんだと言ういで立ちだ。
「あっ、お疲れ様です」と挨拶をする。
「おぉ、まだやってんのか。今日はいいからもう帰れ」と言いながら社長が入ってくる。
その後ろから数人の男たちも入ってきた。
いかにも怪しい感じの男たちで、以前から社長がよく自慢していた ヤクザ稼業な人たちなのではないかと思った。
彼らも社長について社長室の方へ向かおうとしている。
その後ろ姿を見てぞっとした。
社長のその泥だらけの長ぐつを掴んで引きずられていく白い人間の手が見える。
ヤクザ者の背中には目玉だけがふたつ、並んでくっついている。別の男の肩には人間の後頭部らしきものがくっついている。
そして、さっき見た足首が、社長室の前で彼らを出迎えていた。
誰もそれに気付いていない・・・。

次の日、ボクはその会社を辞めさせてもらった。さすがにアレには耐えられそうもない。
社長、いったい裏で何やらかしたんですか・・・・・?

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