宝物だった

私には、幼少期から割と大人になるまで 肌身離さず大切にしていたぬいぐるみがあった。
それは何の変哲もない、シンプルな動物のぬいぐるみ。

今は亡き祖母が、小さい頃に私の干支と同じだからと買ってくれてとても大切にしていた。
出かける時も寝る時も、いつも一緒。 思春期になりオシャレや恋愛に目覚め、少しグレた時期もあったけれど それでもずっと一緒だった。
そばにいるだけで幸せな気持ちになれたし悩み事もそのぬいぐるみに話しかけたりしていた。
本当に友達や家族とはまた違う、特別な存在だった。

ある時期から、何故かよく悪夢を見るようになった。
その時に決まってそのぬいぐるみが夢に出てきた。
ある時は凶暴になって襲ってきたり、ある時は首を絞めてきたり。
金縛りにあった時は、何故か顔がぬいぐるみの方をじっと見つめ、いつもなら可愛いぬいぐるみなのに、その時はじっと私を無表情で見つめている気がした。

やがて、ぬいぐるみから離れる日が増えていった。
部屋に入ると必ず1番に目がいくようになった。何か言いたげにこちらをじーっと見ている。
何故かとても恐怖心以外にも悲しくて不安で切ない気持ちになった。
何度か捨てようかと思ったけれど、やはり沢山の思い出とほんの少しの罪悪感で、いつまでも私の部屋に居た。
目が合わないように後ろに向けたりしてみたけれど気付けばいつもベッドの上にちょこんと座っていた。
あんなに宝物だったのに、いつしか不安の種になって行った。

ある時、部屋でテレビを見ているとふとぬいぐるみが視界に見切れた。
ん?あれ?っと思い目をやると 棚の上に置いてあったぬいぐるみが私の足元にポトッと落ちてきた。
その瞬間、今まで味わった事の無い悪寒が私の全身を巡った。
何故か、気にしてはいけないような、平然を装わなければ行けない気がして テレビに目を向けながら、サッと拾う時に 『ごめんね』となんとなく口にした。
その瞬間ぬいぐるみをギュッと拳で握ったまま手が離れなくなった。
なんで!?なんで!?と、パニックになりながら 必死に手を離そうとした。
けれど強く握った拳は、私の意志とは関係なく どんどん力が入っていき、その体制のまま金縛りになった。
頭の中に、辛くて悲しくて苦しくて、助けて。誰か助けてという、私の意思ではない何がとても切ない感情が駆け巡って 私は中腰のままボロボロ涙が止まらなくなった。
恐怖心でもなくただただ切なくて 涙が腕を伝い、ぬいぐるみにしみこんでいった。

『ごめんね、ごめんね、こんな思いをさせてごめんね』

ずっと頭の中で唱えていたら フッと金縛りが解けた。そのまま、急にどっと疲れと重力が襲ってきて 朝まで眠ってしまった。

朝目を覚ますと、ぬいぐるみはいつもの位置に ちょこんと座っていた。
けれどもうそのぬいぐるみは、ただのぬいぐるみだった。
いつかの宝物だったあの温かさも 昨日までの恐怖に支配されたあのおぞましさまも なにもない、ただのぬいぐるみだった。
その時になって、私は悟った気がした。
かつて宝物だったこのぬいぐるみは、幼い頃の私をきっと愛してくれていた。
私も心からそう思っていた。

時が経つにつれ、ぬいぐるみに話しかける私は 行動そのものが私の日課となり感情もなく、 誰にも当たれない自分の汚い部分を、 悩みを聞いてくれていると言う表向きには和やかな思い出を作り上げただの八つ当たりをし、
人の悪口や不満を掃き溜めにし、きっと送ってきてくれたSOSも 呪いだ怖いだなどと勝手に恐怖の対象にし この化け物を作り出したのは、紛れもなく私自身だ。と。

それからしばらくして、捨てた覚えも動かした覚えも全くないのに、ぬいぐるみが突然消えた。
誰に聞いても、私の部屋には入っていないと言われた。けれど、それ以上探す事はやめた。

これが心霊現象なのか私の精神的な物なのか もう知るすべはないけれど、あれから10年以上たった今
私は結婚をし家を出て、なかなか実家に帰ることも少なくなったけれど 今も自分の部屋に行くと、何故か涙があふれてくる。
宝物だったよ。ありがとう。ごめんね。

朗読: 思わず..涙。
朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる