友人のタカシの家に遊びにいったんだ。
ゲームしたり漫画読んだりとりとめのないことをだらだら喋るってだけで特に何をしようってわけでもなく。
タカシの部屋に通されると、そこに、見知らぬ女がいた。
え? と思ったけれど、タカシがすぐ 「マユミも一緒に遊ぶって言ってさ、ゲームしようって。構わないだろう? 」 と言った。
タカシと僕は小学校5年生くらいからの付き合いで、もう7〜8年になる。
その間、何回も遊びに来たし、もちろん彼の妹であるところのマユミちゃんとも面識があったし、一緒に遊んだこともあった。
だけど、いま目の前にいる女は、どう見てもマユミちゃんではない。似ても似つかない別人だ。
だけどタカシはマユミちゃんだと言った? え、どういうこと?と、よく分からないしすごく気持ち悪かったのだけど、即座にお前誰だよとも言えず、しばらく様子を見ることにしたんだ。
テレビの前に、マユミちゃんだという謎の女を挟むようにして3人で並んでゲームをした。
しばらく遊んでいて、ふと、ゲームのロード画面になって、テレビが真っ黒になって、僕はギョッとした。
テレビに僕たちが映っている。真っ黒の画面が鏡のようになって。 その真ん中に座っているのは、マユミちゃんだった。
僕の知る、マユミちゃんに間違いなかった。
なんだ、なんだこれは、と僕はすぐに横を向いた。
横に座っている女は、知らない女だった。
混乱した。見返したくてもう一度テレビを見るけれどもう画面はロードを終えて明るくカラフルなゲーム画面になっていてもう反射する自分たちの姿を確認することができない。
これはいったいどういうことだろう。
ふと思いついて、僕は少しその場を離れ、自分のスマホを取り出すと、カメラを起動して、ゲームをする彼らを撮ってみることにした。
何か根拠があったわけではないけれど、何かフィルタを通すことに意味を持たせようとしたんだと思う。
予想した通りそこにはマユミちゃんが映し出されていた。
実際に見えている知らない女とスマホ画面に写るマユミちゃんを交互に見た。
この謎の女を謎の女として認識しているのは僕だけなのか? 何が起きてるのかちっとも理解できなかった。
そのまま、どうにも居心地の悪いままゲームをして遊んでいたのだけれど、一段落したところで友人がトイレに行って何か飲み物でも持ってくる、と離席したので、僕はもう我慢できずに聞いてしまうことにした。
「あのさ、変なこと言うようだけど、きみは、だれ?」
女は、ハッとした顔をして振り返って僕を見た。ジッと見た。
そして、すぐにその顔を何事もなかったような顔に戻して 「マユミだよー、なに、どうしたの急に」 と言った。
僕は続けて 「いやいやいや、きみはマユミちゃんじゃないでしょ。どうなっているのかさっぱり分からないけれど、きみがマユミちゃんじゃないことは確かだよ。だれなの?なにしてるの?」
ほんの数秒、沈黙があって、ふぅー、と彼女は息を吐いた。
「そっかぁ、バレちゃったかぁ、っていうか、見えるひといたんだね。見える人にはどう見えるのかなぁとは思ってはいたけれど。たぶん本体の私が見えてるんだよね? あーあ、ざんねんー」
彼女は特に悪びれる様子もなく、ただ本当に残念そうに笑った。
そこへタカシが戻ってくる足音がして、僕と女はお互いにスッと身体を引いて距離を取ろうとした。
すると女が早口で、続きはまた明日学校でね。と小声で言った。
せっかくコーラを持ってきてくれたのでそれを貰ってひと息ふた息つけてはみたものの、僕はとても混乱していたし全然落ち着かないし仕切り直してまた遊ぼうという気になれず、結局なんやかんやと理由をつけてその場は退散することにしたんだ。

翌日の昼休み、スマホが振動して、見ると知らない番号からのショートメールで、それはあの女からの呼び出しだった。
呼び出された場所に行くと、そこには昨日友人宅で見た、マユミちゃんのふりをしていた謎の女がいた。
「どうもー、先輩、昨日ぶりですね。あ、一応初めまして、ですよね、ごめんなさい。アキって言いますー」
軽い。ちょっと身構えるほど軽く、そしてビックリするくらいあっけらかんとしている。
そして続けて口早く自己紹介をしてきた。
タカシとは部活の先輩後輩の間柄で、入部以来ずっと優しくしてもらっていて、気づいたら好きってなってて、そして、1ヶ月ほど前に私の方から告白をし、そしてフラれた。
好きな人がいるんだ、ごめん、そう言われた。 でもフラれて、逆にさらに燃えてしまった。好きで好きでたまらなくなって、寝ても覚めても先輩のことばかり、苦しくてつらくてしんどかった。

ある日、夢を見た。先輩の家で一緒にご飯を食べながらおしゃべりしている夢だった。
でも、先輩の様子がどうもおかしい。
私のことをマユミと呼び、先輩のパパやママもマユミと呼ぶ。 マユミって誰?どういうこと?と思ったけれど、色々な状況から、私は先輩の妹のマユミになって先輩と過ごしているのだと分かった。
そして同時にそれが夢ではないのだと分かって、すごくびっくりした。
この1ヶ月、ほとんど毎日と言っていいほど私は妹のマユミになっていた。
ほとんどが夜でマユミちゃんが自宅にいる時だったので会うのは先輩と先輩のパパママだけだったから全然気付かれなかった。
マユミちゃんと入れ替わっているんじゃないかって心配もした。もし入れ替わりならマユミちゃんが私のうちで目覚めて異変に気付いて何か騒ぎになるのではないかと心配もした。
けれど、どうやら私は私で私のまま家で眠っているようだった。
私が一方的にマユミちゃんを乗っ取っているのだと分かった。
先輩と過ごす時間が楽しくて嬉しくてやめられなかった。
誰にもバレなかったし、だから、昨日も別にみんなで一緒に遊べばいいと思った。 そして、初めて見破られた———。

彼女はそこまでを一気に喋ると、ふぅ、と息を吐いて、で、先輩、と僕をじっと見た。
「先輩はそれで私のことどうにかしようとかタカシ先輩に言おうとか思ってます?」
僕は答えに詰まって、沈黙してしまった。 「でも」 と、やっと言葉が出た。
「それは楽しいかもしれないけれど、決して恋が実ったとか両思いになれたとか付き合えるってことにはならないだろう? あくまで兄妹として一緒にいるだけで結ばれるってことでもない。かえって虚しく寂しい思いをするんじゃないの?」
そう言ってから僕はなんだかすごくつまらないことを言ってしまったと思って少し自分にがっかりして
「いや、そんなことは分かってやってるよね」
僕は言い訳がましく言い、また少し沈黙した。
「黙っていてほしい。何がどうなっているかを説明する方法なんてない。何か悪いことを考えているわけでもない。私は妹のマユミちゃんとしてでも先輩と過ごせて楽しいし幸せなの。ただそれだけ。黙っていてほしい」
アキはそう言ってジッと僕を見た。 もう、なんと答えればいいのかわからなかった。
不毛だ、気持ち悪い、今すぐやめるべきだとは思う。だけど、絶対に許されないことだと断じることもできずにいた。
恋しちゃうということはこういうバカなことが平気でできちゃう厄介な病気だと思った。
彼女はそれを拗らせすぎてとうとう超能力のような憑依とでもいうような能力まで目覚めさせてしまった。
そんなありえないことを起こすほどの一途でバカで強すぎる想い。分からないでもない、と思った。
そして、どうしたもんかなぁ、と僕は何とも応えてあげられずにぼんやりと彼女を見た。

それから数日後、この話は変な感じになっちゃって急に終わった。
アキは相変わらず懲りずにマナミちゃんになり、タカシと一緒に過ごした。それはやっぱりすごく楽しい時間で幸せだった。
でも、そんな中、昨日事件があった。
一緒に過ごしている時に、タカシが手を出してきた。 殴ったり蹴ったりではない。腿に、お尻に、胸に触れ、そしてキスをしようとしてきた。つまり、そういう手を出してきた。
私はビックリし動揺した。もちろん嬉しいことで、心臓がギュってなるようなことだった。
けれど、それと同時にこれはとんでもないことが起きると全身が拒絶した。
この身体は、私ではない。マナミちゃんだ。
タカシ先輩にはマナミちゃんに見えているはずだし、この行為は私にではなくマナミちゃんに対してのもののはずだ。
妙に冷静ではっきりした頭でそう思うと急に寒気がして、手を振り払って両手で顔を押し返した。
でも、腕を強く掴まれ、そして、タカシは口に出して言ってしまった。
マナミが好きなんだ、と。 私は先輩にフラれた。好きな人がいるんだと言ってフラれた。先輩の好きな人、マナミちゃんだったんだ———。
全身から力が抜けて、意識が遠のいて、気づいたら自分の部屋で私に戻っていた。
「知ってましたか?先輩は」
アキはなんと表現していいかわからない複雑な表情で聞いてくる。
「全然知らなかったよ。この顔見ろよ。は?の顔だろ」
「ですよねー」
「そりゃそうだろ、実の妹だろ? ちょっとにわかには信じられないし、なんて言えばいいか分たないよ」
 僕は変な顔をしていたと思う。
「でももういいんです。なんか一気に冷めちゃって、もうすっかりスッキリさっぱりしてるんです」
アキはそう言うと、小さく笑うと、続けて 「ねぇ先輩、先輩には妹ちゃんいないんですか?今度遊びに行こうかなー」 と悪戯っぽく笑っってみせて、くるっと踵を返した。
やめろよバカ。来んなよ。そんなにひょいひょいそんな能力使っていいわけないだろう。
去っていくアキの背中に僕は心の中で呟いた。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ


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