ちっぼりとひ

 2年程前、訪問介護の仕事をやっていた時の 家事型支援で行っていたお宅のお爺さんのお話です。 (仮にその方をAさんとします)
 普段のご様子として、自分のこだわりがある事以外はほとんど口を出さずに、ただじっと座っているような方でした。
 週に2回、火曜日に私が、金曜日に別のヘルパーさんが訪問していました。

 ある日伺った時、お家のガスがプロパンか、そうで無いのかという事を相当気にされ、支援終了後もお引き止めなさる勢いで軽くパニックを起こしている様子でした。
 ですが、次に伺うお宅の時間もあるので、何とか間に合う様に切り上げたかった私は、サービス提供終了後、台所の裏側に面する庭まで手を引き、ガスメーターを見せながらプロパンでは無いことをようやく説得して、 また来ますね〜! とバタバタした対応をして、その日は帰りました。

 その翌週、わたしは2泊3日で家族でキャンプに行く予定を控えていました。
 Aさんも含めた火曜日の訪問の日程を別のヘルパーさんに変わって頂き、 私はキャンプ旅行に出掛けました。
 高速道路を走っている間、暇なので反対車線をぼーっと眺めていた時のことです。
 反転した、そして黒いスプレーで書き殴ったような文字で「ちっぼりとひ」と書いてある文字が視界を流れて行きました。
 その側には青いチェック柄のシャツを着た男性が佇んで居るのが見えたのですが、一瞬の事でしたので「何だったんだろう? 高速であんな場所に危ないなぁ……」と、気になりはしましたが、そのままにしていました。
 翌週の火曜日。
 訪問に伺う日の前日、金曜日にその方の訪問に行っている他のヘルパーから連絡があり、「Aさんの訪問は行かなくてよくなったらしいよ」と来たので、事業所の方に確認したところ、明日は行かないで下さいとの事でした。

 後日、Aさんは亡くなったと知らされました。
 そして、後にこっそり教えて貰ったのは、Aさんは、庭にある木に自分のベルトを括り付け、首をかけて自害されたとのことでした。
 そして亡くなられたのは、私があの日、キャンプに向かった日だと言うこと。
 それを聞いてハッとしました。
 あの日、高速道路で見た男性は、青のチェックのシャツを着ていました。
 そしてAさんも、生前よく同じような赤いや青のチェックのシャツを着ておられました。
 もしかしたら最後の最後に寂しくて、不安で、誰かに側にいてほしくて……。
 あの高速道路で見た男性はAさんだったのかも知れない……。
 あの日、休みを取らずに訪問に行っていれば、何か変わったかも知れない……。
 そう思うと、未だに悔やんでも悔やみきれない思いが湧いて来るのです。

朗読: 思わず..涙。


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