喧騒と、その後

 あれは大学の頃、暇を持て余して特に行き先もないままに、友達二人とドライブをする約束をした夏の雨の日の平日でした。
 友達のことはA、Bとしておきます。
 ドライブに関しては何も突発的なものではなく、日頃からよく行っていました。
 車を持っていなかった僕は、車好きのAに誘われるままに、彼が握るハンドルに身を任せていました。
 Bに関しては、バイトもしていなかったのでほぼ毎日Aとつるんでたんではないでしょうか。
 大学は田舎の辺境の地にあり、本当にすることがなかったんです。
 そんな彼らとの待ち合わせはいつも昼過ぎでした。準備が出来次第連絡して集合という、いかにも大学生らしいものです。
「いつもの通りを抜けた先の駐車場で待ってるわ」
 3人のグループラインでAが言います。どうやらBはもう合流し、Aと共にいるようでした。
 僕の家の近所は道幅が狭い上に一方通行ばかりだったので、いつも車で迎えに来てもらう時は、家から出てすぐの角を曲がって、商店街を抜けた先にある駐車場で落ち合うことにしていました。
 迎えに来てもらっておいてなんですが、そこまで来てくれるのなら雨の日くらい家の前まで来てくれよと思いながらも、僕は家から出ていきました。

 傘をさして歩きながら角を曲がると、すぐに商店街です。
 商店街と言ってもその通りに屋根などもないので、ただ小売店がたくさん並んでいる通りと言った方が正しいのかも知れません。
 雨の中小走りで行くと端まで5分程でしょうか。違和感がありました。
 長くはない通りなのでいつも商店街に入った辺りから、出たところで待ち構えているAとBが目に入るのですが、この日は見えませんでした。
 何故か商店街が異様に混み合っていたのです。
 普段は人がいても端の方に数え切れる程度のお年寄りや主婦しかいない廃れた商店街なのですが、老若男女沢山の人達が溢れかえっていました。
 少し誇張しすぎたかも知れません。ただ、普段からは考えられない人の数が歩いていたんです。
 老若男女とは言いましたが全員が傘をさしていて、僕も傘をさしたまま俯き気味に傘の色や服を確認しただけなので、確証はないのですが、おそらく、色々な人がいたと思います。
  「人混み苦手なんだよなぁ、祭りでもやってるのかな」 とさっきまでの早歩きからさらにペースを上げて、人混みを避けながら商店街の先で待つ友人たちの元へ向かいました。
 肉体的にも精神的にもいつもより少し疲れた状態でなんとか商店街を抜けると、すぐ近くの自販機の前から、待ちくたびれたAとBは缶コーヒーを飲みながら僕に声を掛けて来ました。
「ちょっと遅刻じゃない?昼飯奢りね」
いつもの感じでAが言います。
「いや、それは言い過ぎ。ここまでめっちゃ走って来たから許してくれ」
 少し疲れて不機嫌な僕は適当な嘘で流しました。
「どこがやねん、見てたけどせいぜい小走りやろ」
 AとBが同時に文句を言います。
 続けてBが 「全然急いでるようには見えへんかったけどな、何色のタイル踏んできたん?大学生なんだからシャキッとしてこんな何もないところさっさと抜けて来て欲しいわ」 と言います。
 僕は最初、Bが何を言っているのか本当にわかりませんでした。
 怪訝な顔をしているとAが 「興味ないやろそんなん、早く飯食べに行こう」 と、急かして来ます。
 そうだねと二人揃って頷き、車に乗り込みました。

 動き出した車の窓から何となく商店街に目をやった時に、Bの言葉の意味がわかってしまいました。
 そこには、誰もいませんでした。
 雨の日の平日です。むしろこの景色が普通なのですが、僕の頭は今見ている光景を理解することを拒みました。
 Bはおそらく、人を避けながらフラフラと早足で歩く僕を見て、あんなことを言ったのでしょう。
 AとBには、何も聞けませんでした。
 さっきまで聞いていた子供の笑い声は?四方から聞こえてきた雨を蹴る足音は?視界を覆った雑踏は?傘と傘がぶつかるあの感触は?全てが理解できませんでした。
 あの商店街での心霊現象に対する噂話など、聞いたこともないですし、そもそも今までそんなこと、一度もありません。
 冷や汗が流れ、全身から総毛立つのを感じながら、僕はAとBに対して、この体験に関する質問をしたい気持ちを飲み込みました。
 こんな事を言ってもこいつらが素直に信じてくれるとは思えない、信じる信じない以前に色々な言葉を使って僕を馬鹿にしてくるんだろうなぁと思ったからです。
 一瞬、こいつらのタチの悪い悪戯かとも思いましたが、それにしては時間と人員を割きすぎており、そんなクレバーな事出来るわけがないよなと、一人でよくわからない事を考えながら現実逃避をしていました。  

ここで話が終われば、 「まぁ、たまによくあるお化けっぽい勘違いかな。」 と、無理矢理笑い話にもっていくことも出来たのですが、僕が本当の恐怖を味わったのはこの帰り道でした。
 いつものメンツ3人でのドライブは、本当に僕が昼飯を奢らされた事を除き、楽しかったと記憶しています。
 もう6年ほど前の事なのでどこに行ったとか、どんな話をしていたとかは全然覚えていないのですが、奢らされた事実と、この後起こった事だけは脳裏に焼き付いています。
 僕を家まで送る途中、高速道路をまっすぐ走っていたときでした。
 どの学科の誰が可愛いか、あのサークルのあいつら付き合ったらしいよなど、本当にくだらない会話のラリーをしていると突然、 「見えてたでしょ?」 と聞こえた気がしました。
 僕は後部座席に乗っており、助手席にB、運転席にAが座っていたのですが、後部座席からだと声が聞き取りづらく、どちらかが何かくだらない事を言っているのだろうと、無視して流しました。
 一瞬静まり返った車内で、次はハッキリと聞こえました。
「見えてたでしょ?」
運転席、Aの口から出ていた言葉でした。バックミラーにはさっきまでと全く同じ、にこやかな表情のAが映っていましたが、イントネーションや雰囲気は普段とは全く異なりました。
 そもそも普段濃いめの関西弁を使っています。
 何がどのように違うかは説明できないのですが、すぐに、今声を発しているのがAではない事がわかりました。
「避けてたからね」
 状況を理解できていない僕を無視してBが続きました。
 昼に体験した事が頭をよぎりましたが、まだこの瞬間は突然ふざけだした友達たちへの怒りが勝っていました。
「なんの話してるん?意味わからんのやけど」
少しイラついて不貞腐れた僕は、バックミラー越しにAを睨んだまま答えました。
しかし、返答はなく二人とも交互に
「見えてたでしょ」
「避けてたからね」
「見えてたでしょ」
「避けてたからね」
「見えてたでしょ」
「避けてたからね」
 ひたすらに、淡々と言い続けました。
 時間にするとおそらく3分もなかったと思いますが、体感では30分ほどです。
 二人とも相変わらず笑っているのですが、目だけは全く笑っておらず、息継ぎもする事なく不穏なイントネーションで言葉を発し続けます。
 流石の僕も、この逃げ場のない状況も相まって、恐怖から体全体の力が抜けていくのを感じました。
 このときに初めて知ったのですが、人は本当の恐怖を感じたとき、怒りにも似た衝動に駆られるようです。
 相変わらず訳の分からない事を言い続けるBの肩を乱暴に掴んで、
「いつまで意味のわからん事を言ってるん?そういうの冷めるんやけど」 と語気を強めて警告しました。
 このとき、かなり力を入れたのにコンクリートの塀を掴んでいるのかと思うほどBが微動だにしなかったのも覚えています。
 一瞬の沈黙が過ぎた後、どちらともなく 「見えてなかったのか」 と、聞こえてきました。
 その後すぐ、AとBは普段の調子に戻りました。
「やっぱり帰りラーメン寄って行かん?」
「いいね、どうせ明日もなんもないし」
 何事もなかったかのようにAとBは話しています。
 Bが振り返り、 「お前も行くやんな、大丈夫、ラーメンは漢気じゃんけんよ」 と、しょうもない事を思いついた顔で話しかけてきました。
僕は適当に行くよと頷きながら、 「そんなことよりお前らさっき急にどうしたん?めっちゃキモかったんやけど」 と、尋ねました。
 結論を伝えると、二人とも何も覚えていませんでした。
 その時の二人の様子を伝えながら帰り道の間ずっと根掘り葉掘り聞いていたのですが、その間の記憶だけがすっぽりと抜けているようで、質問の意味もわかっていませんでした。
 最終的には僕がおかしな事を突然言い始めたと少しイラつきだし、危うくラーメンまで奢らされそうになったので適当に話を逸らしました。

以上が、僕が経験した中で最も怖い体験です。
この後は何事もなく家まで帰る事ができました。
商店街を通ることも何度かありましたが特に何かが起こるわけでもありませんでした。
あの時の人混みは一体なんだったのでしょうか。
見えていたとバレたら、どうなっていたのでしょうか。

 もうかなり前の出来事なので時効かなと思い、ここに書かせていただきました。
ただ、これを書いている間、ずっとどこかで聞いたような声で、何かが話しかけている気がしているのですが、恐らく気のせいでしょう。
 信じていなければいないのと一緒が僕の信条なのですが、聞こえた部分だけは、最後に書いておきます。
「やっぱり、見えてたんだ」

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