ガレージの上の住人

 仕事の都合で東北のある港町に住んでいた時のこと。
 とても不思議な体験をした。

 私の住んでいたアパートは、2階建て集合ガレージ付きで、そのガレージの上に202号室があり、20代位の若い男女が住んでいるのが見えた。
 出勤の時、ガレージ前で202号室の男性と鉢合わせすると、 「おはようございます」 と挨拶してくれて、とても好印象だった。
 しかし女性の方は、気性が激しいようで、その怒りを直接感じることがあった。
 ガレージで私が、自分の車の掃除をしていると、うるさかったのか、上から大きな足音がしてトイレの水を何回も流された。
 また、同僚が遊びに来て、帰り際にガレージ前で少し立ち話をしていると、レースのカーテン越しに、髪の長い女性がこちらを向いて立っていて、 (睨まれてるな) と感じた。
 仕方なく、同僚にはすぐに帰って頂いたということがあった。

 ある日突然、アパートのすぐ後ろの一軒家から、朝の6時半にピアノの音がするようになった。
 子供が練習していたらしく、間違えるのでとてもうるさく感じていた。 (朝早くから勘弁してよ) と腹立たしく思っていると、5日目の朝には、静かになった。 (誰か、苦情を入れたのかな) と思った。
 ところが、窓越しに後ろの家から漏れ聞こえてきた会話では、 「子供は、朝晩一生懸命ピアノの練習をしたのに、事故のせいで発表会に出れなくなった。
 誰かに突き飛ばされたと言っているが、相手の運転手も子供が急に一人で飛び出してきて、避けられなかったと言っていた」 という内容だったのだ。
(もしかしたら202号室の女の人が、何かしたのかな?) という考えが頭をよぎった。
 気になって朝にまた202号室の男性と会った際、挨拶ついでに聞いてみた。

「朝に後ろの家の子供さんのピアノ、うるさかったですよね。奥さん大丈夫でしたか?」
すると彼は、 「ああ、うるさかったですよね。でもすぐやめてくれて良かったですね」 と言う。
 そして、少し遠慮がちに、 「あの僕、独身です。一人暮らしですよ」 と言うと、車に乗って出て行った。
 私は、 (なんだ、彼女さんだったか) と思った。

 暫くして私の転勤が決まり、引越しの挨拶の為、夜に202号室を訪ねた。
 男性に、引越しのご挨拶をすると、 「丁寧にありがとうございます」 と答えてくれた。
「彼女さんにも色々とうるさくしてすみませんでしたと伝えて下さい」 と言うと、急に怪訝そうな顔になり、
「彼女?あの、僕、ほんとに一人暮らしで彼女もいないです」 と言う。
 私は、 「すみません。私の勘違いでした」 と言葉を濁し、部屋に戻ろうとすると、
男性が、 「この部屋、家賃半額なんです。ガレージの上でうるさいからって言ってたけど、なんか違うみたいですね。不動産屋に聞いてみます」 とのことだった。

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