潮干狩り

 高校生の頃の話です。

 わたしは潮干狩りが好きで、よく海に出かけては貝を採りに出かけていました。
 その日はあいにくの曇り。またいつものように貝を採りに行こうと、父と一緒にいつもとは違う、少し離れたところにある海に行きました。
 1時間半ほど車を走らせたころ、海が見えてきて、ちら、と窓を見ると、岩場のほうに黄色いパステルカラーの、ワンピースの可愛らしい女の子が遠くからこちらを見ていて、目が合いました。
 こんな曇りの日に、海に遊びにきたのかな、とそんなに深くは考えませんでした。

 海辺に到着して、わたしは父とは少し離れた場所でしゃがみながらスポットを探し回っていると さきほどの少女が岩陰からこちらを見ていました。
 また目が合うと「ふふ」と笑って、それからくるりと向きを変えて離れて行きました。
 30分か、それくらい経ち、また視線を感じるので前方を見ると、不思議と女の子は居ませんでした。
 あれ、おかしいな。
 気のせいかと目を落とすと ペタッ、ペタッ、という砂を踏む足音が前方から聞こえてきて、確実にこちらに歩いてくる音だったので顔を上げると、やはり誰も居ませんでした。
 わたしは少し気味が悪くなりましたが、あと5分くらいしたら帰ろうと思い、急いで採取していると、また足音が聞こえてきました。

 ぐしゅ、ぐしゅ、という水を含んだ靴を履いているような足音がして、しかも先ほどよりも音が大きくなっていて、怖くなって顔を上げることができませんでした。
 どんどん足音は大きくなり、近づいてきて 絶対に顔をあげるもんかと食い入るように地面を見ていると、足が視界に入りました。
 そのまま、足はわたしの目の前で立ち止まりました。直視していないのですが、おそらくスカートを履いた、女の子の足でした。
 なんだ、さっきの子だったのかと思いましたがなぜだか心臓がバクバクして、冷や汗が出てきました。
 片方の靴が脱げていて、なにより明らかにおかしいのは、真っ青というか、肌の色が青白い色をしていて濡れているということです。
 背中から汗が伝っていくのを感じ、直感でこれはまずい、と生唾を飲み込んで、父に声をかけようかと思いました。
 でも、声にならない声しか出ませんでした。
 恐怖で俯いたまま動けずにいると、目の前のその子がいきなりしゃがみこみました。
 わっ、と思わずきつく目を瞑って、膝で顔を覆うようにして見ないようにしました。

 ガタガタと震えが止まらないまま何秒、何分経ったか、そのままじっとしていると 「そろそろ帰るかー?」 と、父の声がしました。
 すると、スッーっと体の緊張感が解けて、目の前のその子も、消えるようにいなくなりました。
 思わず安堵のため息が出て、立ち上がると、父が目を見開いてわたしのほうを見ました。
 えっ、どうしたの? というと、 「いや、何でもない、 とにかく行くぞ」と言うと、父は足早に車に向かいました。
 そのまま車に乗り、道中ずっと父はガタガタ震えながら時折、ルームミラーでわたしの方を見ながら、無言で車を運転していました。
 わたしもその父の様子に、まさか。と、胸の苦しさと悪寒、吐き気のようなものを感じながら震えることしかできませんでした。
 交差点で赤信号になり、泣きそうになるのを堪えていると堰を切ったように父が 「お祓いに行こう、な」 と言ってくれたので、わたしはうん、うん、と泣きながら頷きました。

 先程の出来事を父に話すこともできず、そのままお祓いに行きました。
 終わった後は、身体が軽くなったようになり、不可解なことももう起こりませんでした。
 あとで聞くと、わたしの背中にはぐちゃぐちゃに顔の崩れた血だらけのワンピースの女の子がおんぶするようにしがみついていて、片方しか無い目で父をじっ、と見つめていたそうです。

 わたしはそれ以来、海にも、潮干狩りにも行けていません。

朗読: りっきぃの夜話
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