先輩がハゲた理由(わけ)

 二日ばかり欠勤していた工場の先輩が、ハゲ頭になって出勤してきた。

 驚いたと同時に、心の中でめちゃくちゃ笑った。 危うく声が出そうになった。
 しかもその頭、キレイに剃ったのとは明らかに違う。 いや、床屋で剃ったのは剃ったと思うのだが、明らかに血が滲んだような跡も見え、 ケガか何かで、仕方なく頭を剃ったように見える。
 オレは笑いを必死に抑え、ちょっと心配そうな顔を作って先輩に声を掛けた。
「およござーーすっ! 先輩! ど、どうしたんスか? イメチェンスか? カッコイイっスね!」
 明らかに不機嫌そうな目でこっちをにらんで先輩が一言「うっせぇんだよタコが……」
 ここでいつもならさらにキレ気味につっかかってくる先輩が、さらに暗い顔になって 小さな声でこう漏らした
「……オレ、もうダメかもしれん……」
「先輩、何シンミリしちゃってんスか、オレにできることなら何でもしまスから言ってください!」
「ここじゃダメだ。人気のないところで……」と先輩と俺は工場から出て建物の裏手にまわって タバコをくゆらせた。
 先輩が下っ端のオレにタバコをくれたのはこれが初めてだ。 一息おいて、先輩が語りだした。
「笑うなよ。まだ誰にも言ってねーんだが……ここんとこ、悪夢を見るんだよ。 そう、夢だ。ほら、みんなで行った慰安旅行。あれから帰ってから毎晩のように悪夢を見るんだよ」
「あ、悪夢っスか・・・」
 オレの相槌に応えるように先輩はつづける。
「ほら、慰安旅行の夜、小高い丘の上に古い神社があってお参りしただろ? あれっぽい神社が夢に出てきてな、そこが地獄のような雰囲気になってて、鬼みたいなやつがいるんだ。 で、俺たちを捕まえて、一人一人殺していくんだ。最初にAを鉄のこん棒で叩き潰してぐしゃぐしゃにするんだよ。 そして次はBを捕まえて釜茹でにして殺すんだ……」

 そこまで聞いてなんとなく話が分かった。オレは言った。
「先輩、それは分かります。確かにショックでしたよ、オレも……A先輩は産業用シュレッダーに巻き込まれて死に、B先輩も破損したボイラーの蒸気を浴びて 全身火傷で死んじまって、立て続けに死亡事故が発生したせいで工場もあちこちの部署がストップしてますからね。 そりゃー誰だって悪夢のひとつやふたつ見ますって」
 そこまで言って、先輩が首を横にしてこう言ってきた。
「違う、違う……そうじゃねぇんだ。次はオレなんだよ! 夢の中で鬼が俺を捕まえようとするんだ。 オレは全力で逃げるんだが、鬼の手がオレの髪の毛を掴んで引きずり倒すんだ。 そしてそのままズルズルとどこかに引っ張って行こうとすんだよ。 このままじゃマズイと思って岩とかにつかまってなんとか抵抗するんだが、すごい力で鬼が引っ張るから、 オレの髪の毛がブチブチと音を立てて引っこ抜かれて……でも、その隙に鬼から逃げることができたんだ」
 オレはちょっと笑いそうになったのを我慢して返した。
「へ……へぇ~……でも良かったですね、助かって」
 先輩は少し怒ったような顔で睨みながらこう続けた。
「じ、冗談じゃないぜ! その夢を見て飛び起きて……」
 先輩の顔が暗くなって、小声で続ける。
「枕の周りにオレの髪の毛が大量に散らばってんだ……血も出てた……まるで鬼に引きちぎられたみたいに髪の毛が抜け落ちてたんだよ!」
 オレは顔がニヤケないように気を付けながら先輩に返した。
「い、いや、先輩、それはきっとストレスかなんかで寝てる間に自分で抜いちゃってたんスよ、 落ち着くっス……そうですか……だからブチになってカッコ悪いもんだから、 いっそ全部剃って来たってワケっスね。うん、それは正解っス。大丈夫っスよ、先輩。 鬼から逃げられたんですからもう大丈夫っスよ!」
「……そ、そうか……大丈夫か……そうだよな大丈夫だよな……ははは」
力なく笑う先輩。

「じゃ、仕事に戻りましょ先輩! オレらの部署はまだストップがかかったわけじゃないッスからね」
「そ、そうだな、まだストップが……!?」
 しばし立ち尽くしている先輩をよそに、 オレはさっさと自分の仕事に戻った。
(先輩……A先輩もB先輩も、みんなでさんざんボクのことをネチネチといじめまくってくれましたよね。 もう先輩たちに合わせて汚い言葉で話すのも疲れてきた所なんですよ。 知ってましたか先輩。あの慰安旅行で行った場所。肝試しだって言って夜中連れ出されて行ったあの神社。 有名なんですよ、恨みを晴らしてくれるってね。 あんたらあそこで何やった? お参りだぁ? 夜中だってのに境内で大騒ぎして、鳥居によじ登ったり、挙句お地蔵様の頭に蹴り入れて落としたり。 罰当たりなのは十分だったが、オレはそこで密かに願ってたんだよ、先輩たちに天罰が下ります様にってね。 その日からだよ、オレはとってもイイ夢を見るようになったんだ。 オレは夢の中で力あふれる強い鬼になって、A先輩をたたき殺し、B先輩を釜茹でにし、 そして次はあんたかと思って捕まえようとしたんだが、まぁうまく逃げられたわけだ)
「でも、次の夢ではかならず捕まえるからな、待ってろよ」
(おっと、つい言葉がもれちまった……はしたない)

朗読: 怪談朗読 耳の箸休め
朗読: はこわけあみ*怪談ドライブ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる