二十歳の夏に体験した出来事。 今でも鮮明に覚えていて、思い出す度にゾッとする。
当時免許取り立てだった俺は、友人を誘っては父親の車を借りて、夜な夜なドライブに出かける事にハマっていた。 誰もが通る若気の至りだと思う。
俺の父親の車は当時まだ新しいミニバンで、人数が乗れることに加え、当時では最新鋭のカーナビや、警察の検問や速度取締りのオービスを感知するレーダー探知機が付いており、単純に快適であることから、車係=俺というイメージが友人たちの間で浸透していた。
エンジンをかけると色んなアナウンスが流れたり、走行中にレーダーがピカピカ光ったりするのがなんだか近未来っぽくて、それを友人たちにすげーすげーって言われて持て囃されて、正直まんざらではなかったことを覚えている。
丁度お盆を過ぎた翌週だった。
その日もいつもの通り友人3人を誘い、4人で夜から当てもないドライブへと出かけた。
友人A、Bとその彼女のC子の3人。
その日はまずガ○トで夕飯を食べてから、C市のあるお寺へ肝試しに行った流れで、最後に山で軽くカブトムシでも探して朝には帰ろう、という流れになった。
夕飯を摂り終え、C市の山中にあるお寺を目指す。
そのお寺は特に心霊スポットとしてというワケではないが、数百段の階段を登ってたどり着くてっぺんの本堂に大きな般若の面が飾られており、夜に行くと雰囲気があって怖いということで、自分達と同じような連中が興味本意で肝試しに訪れることで、それなりに地元では知られていた。
小一時間ほど走り、目的地のお寺へ到着。 駐車場に着くなり、黒猫がわんさか群れを成していた。
夜だから黒猫に見えるとかじゃなく、本当にもう全部黒猫。
車が近付こうとも、車から全員が降りようとも一匹たりとも逃げることなく、ネコらしからぬ態度が明らかに不自然というか、不気味だった。
しかしここでは誰一人、やめとこう、なんて言わず、 『ヤベェ何か起きるんじゃね? 行こうぜ』っことで満場一致だった。 若さって怖い。 今思えば、ここで引き返しておくべきだった。
懐中電灯を手に参道に入り、本堂まで数百段の長い階段を登る。
真っ暗ではあるが、割と良く整備されており、特に変わったこともなく順調に歩を進める。
さっきの黒猫はやばかったわ〜とか、 ありがちな驚かし合いをしたりとか、 くだらない世間話をしているうちに、頂上の本堂に到着。
たぶん、麓から20分は掛からなかったと思う。
C子が『うわあっ!』と声を上げた。 あった。 懐中電灯を向けた先、本堂の軒下に、噂通りのでっかい般若のお面。
一同さすがに驚いた。が、普通だ。
分かってはいたけど、暗闇に浮かび上がる般若のお面を見て怖くないわけがない。
『いやーさすがにこりゃ怖いわ』なんてウダウダ言い合いながら、目的を達成した訳だし降りるか、ということになった。
その時、Bが声をあげた。
『ちょっと、アレ見て。なんか道じゃね?』
Bが懐中電灯で照らした先には、本堂の脇、 更に奥地へと続いていそうな道があった。
階段はなく、砂利道の上り坂だ。 せっかくだし軽く行ってみるか、ということになった。
本堂の脇へ回り込み、砂利道をほんの1分ほど歩いたところで、一同驚愕した。
大きな岩肌に、無数のよだれかけ、子供服やおもちゃ、そしてお札。
全員が息を飲み、しばらく言葉が出なかった。 なるほど……ここはいわゆる水子供養のお寺だったのか……ってか、そんなこと聞いてない。
決して騒いではいけないと思い、俺はあえて冷静に振る舞った。
『こうゆう所だったんだな、ちゃんと手を合わせて遊び半分できたことを心からお詫びしとこう!』ってことで、一同岩肌に向かって手を 合わせた。
この時、全員が低い轟音のような耳鳴りを感じていたこと、耳鳴りの中で低い男の声がハッキリと聞こえたことを、その場ではあえて誰も発言しなかった。
なんて言うか、こうゆう時ってそんな発言したら悪ふざけだと思われそうだし、それが原因で取り憑かれても嫌だし、いざとなると言えないもんだ。
怪談でよくある、『実は俺、さっきあそこで見たんだよね』ってゆうあの流れ、(いやその時言えや!)って思ってたけど、今では後から言いたくなる気持ちが本当によーく分かる。
手を合わせ、そそくさとその場を離れ、階段をくだって駐車場へと引き返す。 帰り道は、ふざける余裕など全くない。
口数も少なく、半ば小走りで車を目指した。
まだ黒猫たちがいたら怖いなーと思いながら、駐車場へ到着。 幸い黒猫の群れはいなくなっていた。
車へ乗り込み、エンジンをかけた瞬間のことだった。
ピピッ 『GPSを、測位しました。〇〇県〇〇市〇〇。 現在、周辺にレーダー反応はありません。』 レーダー探知機がしゃべった。
俺だけが驚いて『うわぁ!!』と声を上げた。 皆が『なになに!?やめろよどうした?』と驚く。
……声が、明らかに違う。
エンジンをかけると、いつもは女性の綺麗な声で同じ内容のアナウンスが流れるんだけど、完全に声が違った。
どう聞いてもさっき手を合わせている時に耳鳴りの中で聞こえた声と同一人物の、男の低い声だった。
なんの気無しに同乗してたらすぐには気付かないけど、普段からこの車を運転している俺だけが 即座にこの事実を理解した。
俺たちは完全にロックオンされた。
友人たちに一通りこれを話したあと、一瞬の静寂。
エンジンのアイドリング音に混じって、また聞こえた。
ピピッ 『なんで来たん?』
車内、大絶叫。 急いで車を発信させる。
基本的にレーダー探知機はエンジン始動時とレーダーを感知した時しか喋らない。
幸い、カーナビの方はいつも通りお姉さんのキレイな声で道案内をしてくれた。
走って10分ほどのコンビニへ車を停め、エンジンを切り逃げるように外へ。
もう、全員が手も足も唇もガクガク震えていた。
コンビニ前の喫煙所で、皆で改めて話を整理した。
ここで全員があの時轟音のような耳鳴りが聞こえていたこと、そしてその中でハッキリと聞こえた男の声。
『なんで来たん?』
手を合わせた時、レーダー探知機、両方とも全員が全く同じ声、全く同じセリフを2回耳にしていた。
全員の話がここで一致したことで、もう膝から崩れ落ちんばかりだった。
そして、『GPSを測位しました』の『測位』は、言わば位置を特定しましたって事。
もう、俺たちは完全にアウトだった。
車に乗ることもせず、山奥のコンビニで店内と喫煙所を何度も往復しながら、夜明けまで3時間ほど蚊に刺されながら粘りに粘った。
明るくなってきて、もうさすがに行くかってことになり、車に乗り込み、ちゃんと元通りになっていることを全員が切願し、エンジンをかけた。
『GPSを、測位しました。〇〇県〇〇市〇〇。 現在、周辺にレーダー反応はありません。』
お姉さんの声だった。 車内は歓声が上がった。 もう安心だってことで、急いで地元へと戻った。
もう、カブトムシなんてどうでもよかったのは言うまでもない。
その後、自分達の身に変わったことは特になく、平穏な日々を過ごしている。はず。
これは後日談だが、その後行ったお寺について行ったメンバーで色々と調べてみた。
インターネットにも、地域観光マップにも、水子供養の事は一切触れられていなかった。
というか、その地域に水子供養のお寺は1つしかなく、俺たちが行ったお寺とは全く別のお寺だった。
数年前にGoogleアースでそのお寺の本堂を見たが、脇道らしきものなど一切写っていない。
あまりに恐ろしくて、それ以上は何も調べていない。
俺たちが手を合わせた場所は、一体どこの何だったのだろうか。