夏休みに田舎であったこと。

 これはボクが小学校3年生の時に、夏休みで体験したお話です。

 東京で暮らすボクと両親の家族三人は、この夏休みに北海道N町にある父方の実家へと帰省することになりました。
 自分にとってはもう3回目の北海道です。
 向こうにはボクと同い年のユウキと、もう高校生になるイズル兄ちゃん、 そしてめちゃくちゃ優しいおばあちゃんがいました。
 大好きなおばあちゃんは、最近病気でほとんど寝たきりだと聞いており、心配です。
 千歳空港に降り立って空気を吸い込むと、トウモロコシの匂いがしました。 「北海道の空気がおいしいってこーゆーこと?」と父に聞くと 「母さん、タカシがまた変なこと言い始めたぞ」と笑われました。
 空港にはN町のオジサンがクルマで迎えに来てくれていて、ボクらはそのクルマに乗って一路実家へと向かうことになりました。
 クルマから見える景色は自然がいっぱいで、時々牧畜のためのサイロも見えます。
 遠くには青い山々が連なり、空は高く、ゴジラのような入道雲がまさに夏と言った感じなのに、 木陰にはまだアジサイが咲いていたり、そこに真っ赤なアキアカネが飛んで来たりと、 なんだか季節が凝縮されているのを感じます。

 北海道の短い夏です。 オジサンの家があるN町は田舎と言っても千歳空港からそれほど遠くなく、ドライブの時間はあっという間に終わりました。
 実家に着くと、そこにはオバサンとイズル兄ちゃん、その後ろからユウキも元気な顔を出して出迎えてくれました。
 イズル兄ちゃんはますます背が伸びていて、オジサンより背が高くなっていてちょっと怖いくらい。
「タカシちゃんおっきくなったねぇ~」なんて言われたけれど、イズル兄ちゃんにはかないません。
 一番会いたかったおばあちゃんは現在入院中。明日にでもお見舞いに行こうという話になりました。
「……タカシ、プールで遊ばない?」とユウキが誘ってくれました。
「プール! 行きたい!」
 ボクは即座に答えました。
 そう、実はここにはプールがあるのです。と言っても、オジサンの家のプールではなく、オジサンの家のすぐ向かい側に町営の小さなプールがあるのです。
 そこは誰でも無料で使えるのですが、地元の人たちはもう飽きているのか、ほとんど誰も入っておらず、 まるで個人のプールのようにして遊べます。
「おまえ、着いて早々にプールかよ~」
 父親に半ばあきれ顔で言われたものの、 水遊びが大好きだったボクは、もうユウキと一緒にプールへ行く支度をしていました。
「イズル、おまえも行ってちゃんと見てやんなさい」とオバサンが言ってくれて、ボクら3人でプールへと向かいました。

 歩いて10秒、プールに着きました。
プールの水に自分の身を浸す。この瞬間が得も言われぬ快感。
「ひぇ~っ」と声が自然に出てきてしまいます。
 イズル兄ちゃんはプールには入らず、プールサイドに腰かけて、足だけ水につけてこっちを見ています。 まるで監視員さんみたい。
 ボクは泳ぎはそれほど得意ではありませんでしたが、潜水するのが大好きで、水の中に潜った方が自由に泳げるくらいでした。
 プールの底にへばりついて、水圧を楽しんだりするのも好きです。
 しばらく遊んでいるとユウキが勝負をしようと言ってきました。
「どっちが長く水中で息を止めていられるか勝負だ!」
「よーしわかった」
 息を思いっきり吸い込んで二人とも水中に潜ります。
 ユウキは水中で体育座りのような格好をしており、ボクもマネをしようと思いましたが、体がふわふわと浮きそうになって なかなか体勢を維持できないので、あきらめてヒラメのようにプールの底にへばりつく作戦に出ました。
 しばらくして、だんだん苦しくなってきました。
 ユウキはまだまだ涼しい顔をしています。
(ダメだ、ボクの負けだ!)
そう思って水面に上がろうとした時、ユウキのやつがボクの両肩をガシっと捕まえて 浮かせまいとしてきました。
(オイオイ、勘弁してくれマジでもう無理だって!)
 ブクブクと泡を出して暴れるボク。
 ザバーン!と波音を立て、そこにイズル兄ちゃんが飛び込んできてボクを引っ張り上げてくれました。
「なにやってんだよ、溺れちゃうぞ」
 ボクはハアハアと大きく呼吸をしました。
 ニコニコしながら「オレの勝ち~」と宣言するユウキ。
「負けた……」
「よし、もうあがれ。タカシ、唇が青くなってるぞ」
 イズル兄ちゃんにたしなめられました。 水遊びをしているとついつい楽しくて、体が冷え切っているのも忘れてしまいます。
 プールを出てふと足元を見ると、小さなカエルがたたずんでいました。
 すごく小さい、指の先ほどしかないようなアマガエルです。
「ちっちゃーーい、カエルの子供?」とボクが聞くと、イズル兄ちゃんが「カエルの子はおたまじゃくし」とつぶやきました。
「そうだったー」
 ボクは東京では見たこともない小さなカエルに夢中になり、気が付くとユウキと一緒にカエルを捕まえて、バケツにたくさん入れていました。
 ボクらはバケツに水を入れ、カエルたちはその中をヒョコヒョコと泳いでいます。それを眺めるボクたち。
「もうごはんよー」
 母が呼びに来てくれました。
「うっわ、ナニ捕まえてんの気持ちわるーい!」
 呼びに来た母はそそくさと逃げていきました。
 せっかく捕まえたカエルはどうやら家の中には持ち込めないようです。
 仕方なくボクらはバケツの中で泳ぐカエルたちが逃げないようにフタをかぶせ、玄関の外に出しておきました。
「ご飯の前にちゃんと手を洗ってよー!」
「ハーイ」
 よく見るとカエルを触った手には茶色いベトベトしたものがこびりついていました。
 オバサンがそれを見て教えてくれたのですが、アマガエルは皮膚から毒を出すとのこと。
 なかなか落ちない毒を念入りに石鹸で洗い流す羽目になりました。

 居間に行くと大きな座卓が二つ並べられ、ジンギスカンの準備が整っていました。
 ビールも用意されて大人たちは宴会をはじめるようです。
 ボクも以前一度食べて大好きになっていたジンギスカン。ここN町はジンギスカンも名物なのです。
 タレに漬けてあるラムもいいけど、丸く薄く切ってあるマトンもすごくおいしい。
 オジサンの自慢話もはじまりました。
「このタレにはN町で獲れたリンゴをすり下ろして入れてあるからな。甘くておいしいぞ~」
 オジサンはこの町でリンゴの品種改良の仕事をしているのだとか。だから、オジサンにとってはリンゴとジンギスカンは 自慢の種というわけです。
 美味しいお肉と煙と、そして酔っぱらった大人たち。宴もたけなわ。 外はもうすっかり暗くなって、満天の星空になっています。
 食事も終わり、オバサンが「タカシちゃん、花火あるよ?みんなで遊ぼっか?」と誘ってくれました。
「やったー! やるやる!」
 広い庭に出て花火の準備をはじめます。
「火の始末はちゃんとするのよ! バケツに水汲んで来てね!」
 オバサンにそう言われてハタと思いだしました。 バケツならさっき捕まえたカエルを入れたままフタをかぶせています。
「もう~カエルなんていっぱいいるんだから、また捕まえればいいでしょ? 逃がしてきなさい!」
 母親にうながされて仕方なくバケツを持って向かいのプールの原っぱへと行きました。
 逃がそうと思ってフタをはずすと、きっとカエルたちが飛び出してくるはず。 そう思って身構えていたのですが、一向に出てくる気配がありません。
 おかしいと思い、恐る恐るバケツを覗き込むと、カエルたちはみんな死んでいました。
 水の中で白いお腹を上にしてプカプカと浮いているカエルたち。
「あーあ、いっぱい死んじゃったね」
 それを覗き込んで言うユウキ。
「えっ、だって……カエルって溺れるの?」
「そりゃ溺れるんじゃない? 魚じゃないんだから」
「えっ……だって、水をいっぱい入れれば泳いでるところが見られるってユウキが言うから……」
「でも逃げないようにってフタまでしたのはタカシだろ?」
 ボクら二人でたくさんのカエルを殺してしまいました……。
「早く戻って花火やろうぜ」
 何事もなかったかのようにそう言ってカエルの死骸を捨てるユウキ。
 ボクは少し落ち込みながらトボトボと家に戻りました。
 ボクの人生の中で、こんなに暗い気持ちのまま花火をしたのはこれが最初で最後でした。

 花火が終わって家に上がると、ボクたち家族が泊まる客間には、もう布団が敷かれていました。
 東京だったらまだまだ起きている時間だし、ぜんぜん眠くないボクは少し家の中を探検することにしました。
 田舎の古い家なので、使っていない部屋もあるそうです。
 ボクは暗い廊下を渡りながら、あちこち部屋を見て回りました。
 廊下の一番奥に少し大きい部屋があり、そこはおばあちゃんが普段使っていた部屋でした。
 中に入って電気を点けると、とても広くて、そして何とも言えない古臭い匂いがこもっています。
 天井近くの壁には昔の人の写真が並んでいて、ちょっと不気味な感じ……。
 部屋の奥には大きな仏壇も置かれています。
「こんなところで何してんの?」
突然声を掛けられてビックリして振り返えると、そこにはユウキが立っていました。
「わーびっくりした。もう……ちょっとおばあちゃんの部屋を探検だよ」
「バカ、ここには入っちゃダメなんだぞ」とユウキが怒って言う。
「え? そうなの? でも、前に来た時におばあちゃんと一緒にこの部屋にいたような気もするんだけど……」
「いいから早く出ろよ、お母さんに怒られるぞ」
「わかったよ、わかったから……」と言いながらふと仏壇の中を見ると、 そこには去年亡くなったおじいちゃんの遺影と、なぜかユウキの写真も並んでいました。
「あれ? ユウキの写真もあるよ……」と振り返ると、 そこには……。

「うわぁぁぁぁぁぁーーー!」
 そこには、真っ青なしわがれたような顔に、真っ黒にくぼんだ穴だけの眼をしたユウキが立っていました。
 しばらくして、ボクは両親やオジサンオバサン、イズル兄ちゃんに囲まれて抱きかかえられていました。
 どうやら一瞬気を失っていたらしいのです。
「ユウキがぁ! ユウキがぁ!」
 ボクはそう叫んで暴れていたと後から聞かされました。 その時のことはちょっと記憶が飛んでしまっていて曖昧なのです。

 父の話では、ユウキは去年の夏におじいちゃんと一緒に渓流釣りに出かけ、 そこで足を滑らせて川に落ちてしまい、溺れて亡くなっていたそうです。
 おじいちゃんもその時にユウキを助けようとして一緒に亡くなっていました。
「おまえ去年の事、覚えてないのか? 去年北海道に来たのだって、おじいちゃんとユウキちゃんのお葬式の時だろ?」
 そう父に言われても自分の頭はなんだかぼーっとしています。 確かにおじいちゃんの葬式には出た記憶があるけれど、その時だってユウキはボクの横にいて、たまに遊んでいたのに……。
「だって、お父さん! 今日だってボク、ユウキとプールに行って遊んだのに!」
「何言ってるんだ、プールに行ったのはおまえとイズルちゃんだろ? おまえが急にプールに行くっていうから、 わざわざついて行ってもらったんだぞ?」
「そんな・・・そんなことって・・・」
 イズル兄ちゃんはコクっとうなずいて、そのままだまって仏壇の写真を眺めていました。
 泣き止まないボクは母親に連れられて強制的に寝かしつけられることになりました。

 ……翌日、ボクらはおばあちゃんの入院している病院へお見舞いに行きました。
 その時にはもうユウキの姿は見えませんでした。
 病室でおばあちゃんに会えた時、ボクは泣きながら抱き着いていました。
 前よりずっと痩せたおばあちゃん。 ボクはおばあちゃんに昨日の出来事を話しました。
「この子ったら、きっと長旅で疲れちゃったんですよ」と母がおばあちゃんに詫びを入れています。
「ユウキもね、きっとタカシちゃんが来てくれたんでうれしくて出てきちゃったのかもねぇ」
 おばあちゃんがぽつりと言う。
「違う、違うよ、ユウキはもしかしたらボクを……!」
 そこまで言うと母親がボクの頭を押さえてきて、それ以上しゃべれないようにしてきました。
 おばあちゃんはそれを止めさせてボクにまっすぐ向いてこう言ってくれました。
「ユウキはおばあちゃんがちゃーんと連れていくから、なーんにも心配しなくていいよ」
 ボクはまたおばあちゃんに抱き着いて泣き出していました。

 その年の冬の寒い日、おばあちゃんは亡くなってしまいましたが、 もうボクの前にユウキが現れることはありませんでした。
 ボクはおばあちゃんに感謝しながら、お葬式に参列しました。
 ありがとう、おばあちゃん。そして、さようなら……ユウキ。

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