噂の検証

 それは子供がやっと言葉を覚えて話が出来るようになった頃の話です。

 当時仕事の忙しい主人はいつも帰りが遅く、今夜も十二時を超えるだろうか、などと思いながら帰りを待っていましたが、いつもよりずっと遅くに帰宅して来ました。何故か表情も余り良くありません。
 此方が何か問い掛ける前に、 「暗い道で黒い猫を轢いた、かも知れない。多分一回轢かれててそれに留めをさしたみたいな感じかも……」 と溜息混じりに私に話しました。

 主人は動物が大好きで、義実家も同じくペットの弔いを丁寧にする様な人々でしたので動物に対しての考え方は同じような感じで、今日遅くなったのは実家に電話をして義母に対処を聞いていたからだったと聞きました。
 明日、実家に亡骸を持って行ってペット葬儀業者だったか保健所の方かに懇ろに弔って貰う。だから今猫は段ボールに入れて車に乗せている。 そう言っていました。
 私は動物と人間は別というか、一線を引いた考えで、もちろんペットには惜しみなく愛情を掛けますが、祖母に 「死んだ畜生には情けをかけてはいけない。どういった状況でも単純だからどうして助けてくれなかったんだ、と逆恨みされる」 と教えられて育ったので、主人が車に乗せて持って帰って来た事に少し不穏な気持ちになったのを覚えています。

 翌日、帰宅時間を知らせる主人からの電話で、猫は無事に弔ったと聞き少しほっとしたのも束の間、寝室から叫び声が聞こえました。
 息子が部屋の天井の隅を指差して 「くろいぐるぐるがこわい」
 まだ物心もついていない息子には猫の話など一切していません。
 余り私は心霊的な事を信じていませんでしたが、その時はタイミングがタイミングでしたので複雑な気持ちになりましたが、やっと一人寝出来る様になったのに怖がって泣く息子とそのせいで下の子供まで起きててんやわんやになるのでは、と不安になりました。
 その不安は的中し、その次の日も同じ事を言って同じ場所を指差し息子が絶叫するので対策が必要だと思いました。
 おふざけなのか真実なのかはわかりませんが幽霊には除菌消臭スプレーが効くと何かで聞いたことがあったので、息子が指差している場所に向かってシュっとしてみました。
 私は此方が強気でいれば勝てる。と思っていました。

 翌日、もう出ないだろうと思っていたけれど、除菌消臭スプレーは効かなかったようで相変わらず同じ場所を指差し泣き叫ぶ息子が居ました。
 除菌力を上げればなんとかなるんじゃないか、と少し斜めな考えとは分かって居ながら、今度は消毒用アルコールを同じ場所にスプレーしてみました。
「ウイルスも死ぬんやからこれでいけるやろ」 と決めてかかっていましたがまたしてもその日の夜、同じように泣き叫ぶ息子。その度に起きる下の子供。
 その黒いぐるぐるが轢かれた不憫な猫か何かは分かりませんが結構なストレスです。
 ふと、うちのリビングには新婚旅行で買って帰った可愛いシーサーの置き物がある事を思い出しました。
 悪いものを防ぐために頑張ってくれるんだよね、と夫婦で可愛がっていました。
 それに昔野生動物が線路内に侵入して鉄道事故を起こしてしまうから、その防止にその地域にいない大型肉食獣の糞やおしっこを撒いてる地域があって、成果が出ていると聞いた事がありました。
 動物は本能で勝てない相手の気配などを察知するとその場から逃げる習性があるそうです。
 なんとなくその二つを頭の中で重ね合わせた結果、邪気を払うシーサーって獅子だよね。じゃあライオンと似たようなものだし、猫はおろか大抵のものは勝てないよね。という強引な結論に達し、すぐさまその黒いぐるぐるが現れる場所に向かって棚を作りシーサーを置きました。
 これでダメなら、と思わなかったのが少し不思議でしたがめちゃくちゃ自信満々な気持ちになりました。

 結果、シーサーを設置した日から息子は一度も夜中に絶叫しなくなり、我が家に平穏がおとずれました。
 除菌消臭剤とアルコールスプレーは怪異には効かなかったけれど、シーサーが我が家の怪異を払ってくれたと信じています。

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