おじさんが住む部屋

 これは、わたしが上京して新聞奨学生制度を利用し、学生をしていた頃の話です。

 学校から数駅の都内S区に配属され、うら若い田舎っぺ少女の私は、まだ見ぬ東京での生活に胸を躍らせていました。 が、上京当日、住む場所の詳細などが知らされない状態で(もうこの時点で怪しさ満点なのですが)配属された新聞屋に挨拶に行き、そのまま寮に案内され寮を見た瞬間、新生活への夢や期待が、不安と恐怖に変わったのを今でも鮮明に覚えています。
 寮……と言っても、新聞屋が格安で借りたらしいボロアパートで、1階は誰も住んでいないらしくもぬけのから。
 2階は3部屋で、よくある普通のアパートのように、一室一室別々に玄関があるような形ではなく、一つの玄関から入って、そこから各居室に入るような形の、防犯もクソもないような感じのアパートです。
 そのうちの一室に住むことになりました。

 玄関に上がると、まず鼻をつく異臭に気付きます。 裸電球ひとつの薄暗い空間で、不安感はMAX。
 居室は、トイレのドアのような簡易的なドアノブで、内側のポッチ?を押して閉めると鍵が閉まるような……本当に簡易的なもので、防犯性が全くありません。
 居室の中に入ると、5cm級の巨大Gの死骸が至るところにありました。
 寒い県出身の私はGを見るのがもちろん初めてで、もう、驚きすぎて声が出ませんでした。
 案内してくれた先輩からも「うわ……ひどいねこれは」という声が漏れるほどの惨状。 ただただ怖く、不安で、上京1日目にして、もう実家に帰りたい……という気持ちでいっぱいでした。
 ですが、まさか文句を言ったり変えてもらうわけにもいかず、我慢して住むことに。
 綺麗に掃除をして、消毒して、お香を焚いて、インテリアを充実させて……。
 そうこうしてようやく家に慣れてきた頃、SNSで知り合った男性と付き合うことになったのです。
 彼は東北の人で、しばらくは遠距離恋愛をしていましたが、防犯を口実に東京に呼び寄せ、同棲が始まりました。

 ある日、東京在住で、彼との共通の友人が家に遊びに来ることになりました。 家の最寄り駅に迎えに行くなり、浮かない顔をしている彼女。 どうしたのか聴くと、気遣い屋の彼女はしばらくそれっぽい理由をつけては話を逸らしていました。
 心配ではありましたが、とりあえず家に行こうということになり連れて行くと、部屋の前でぴたりと足を止めたのです。
 どうしたんだろう……と、顔を覗き込み、ギョッとしました。 泣いているのです。
「え? どうしたの? 大丈夫?」とあたふたする私と彼に、 「ごめん。全然悲しいとかそういうんじゃなくて……涙が勝手に出てくるんだよね」 と……。
 涙が溢れている割にとても冷静な彼女。
「とにかく入ろうか」と部屋に入り、話を続けてくれました。
「この辺、土地なのかな? すごく嫌な雰囲気。電車で移動してる最中も気持ち悪くて。この家に着いた瞬間、やばいなって気はしてた」
 ティッシュで涙を拭いながら、淡々と話す彼女に、あっけに取られる私達カップル。
「それから……この部屋さ、おじさんいるよね?」
 その言葉を聞いたとき、色々な記憶が蘇りました。

  一つめ……住み始めて数ヶ月経った頃、まだ彼とは遠距離で、私は1人、部屋でプレステのゲームをしていました。
 すると突然、ゲーム画面がザザザっと乱れ、フリーズ。 コントローラーをガシャガシャ動かしますが、応答なし。
 ディスクに傷でもついちゃったのかな? と、ディスクを取り出す為立ちあがろうとした時でした。
 ゲーム画面……テレビのスピーカーから、 「ザ……ザザ……ザー」というノイズとともに、 「あ、あき、あき、あき、……あ、あ、あ、あき……」 という低いしわがれた中年男性の声が聞こえてきたのです。
 私は立ち上がろうとした体勢のまま固まってしまい、その瞬時に色んな可能性を考えていました。
 ですがすぐにゲーム画面のフリーズが元に戻り、ゲームのBGMも聞こえてきて、安心した私は座り直しました。
「これは、タクシーか、どっかの誰かのアマチュア無線が混線したんだ。そうに違いない」
 起きたのが真昼間だったこともあり、「怖い」という気持ちはその時あまりなかったように思います。

 二つめ……同棲を始めた彼が、尋常じゃないほどの寝汗をかくようになりました。
 なにかの病気かと思うほどの寝汗でしたが、寝汗以外には健康で、なんだろうね? と不思議に思っていたところでした。

 三つめ…部屋の異臭がなかなか消えないこと。
 お香を焚いたり、ハイターを溶かした水で水拭きしたり、色んな対策をしているにも関わらず、甘ったるいような酸っぱいような、刺激のある異臭がなかなか消えないのです。

 それらを全て思い出したあと、あることに気が付いて動悸がしました。
 一つ目の、中年男性の声。
「あき」と繰り返し呟いていたのを「(駐車場や部屋の)空き」だと思い込んで無理矢理自己解決させていましたが、「あき」……それは私の名前であり、繰り返し呼ばれていたのだということ。
 それから、三つ目の消えない臭い。
 私はある事情から事故物件に入ったことがあったのですが(人怖な話になるので、また別の機会にでも投稿します)、その臭いと同じだということ。
 なんとなく気付いていたけど、怖さもあって、無意識のうちに霊的な現象と結び付けずに無理に納得させていたことを、友人の言葉で呼び起こされたような感覚でした。
 一気に鳥肌が立ち、それからの友人と彼の会話は頭に入ってきませんでした。

 友人が帰った後、土地柄について調べてみたところ、なんと T川駅は、S刑場、火葬場、自殺多発マンモス団地に囲まれていて、S刑場に連行される罪人たちの家族が別れを惜しみ涙を流したという謂れのある橋もあり、T川というのはそれに関連付いた名前でもありました。
(少し調べればすぐに出てくると思います)

 全てが繋がり、不可思議で恐ろしい出来事の合点いった瞬間でした。
 すぐに彼に伝え、近所の神社でお札を購入し部屋に備え付け、定期的に神社に御参りに行くようにしました。
 そこから彼の寝汗は落ち着きましたが、怖いことに変わりはなく、奨学生の契約満期で引っ越すまでビクビクしながら生活していたことは言うまでもありません。

 今はそのボロアパートは解体され、お洒落なマンションが建っていますが…。
 部屋にいた「おじさん」は、まだそのマンションの一室に住んでいるのでしょうか?

 以上です。
 思い出しながら書いたので、稚拙な文章、長文をお許しください。 ありがとうございました。

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