台風の夜

小学校3年生の夏休みの体験談

 1学期にあった集団健康診断で、要再検査のお達しをもらったことがありました。

理由はレントゲン写真に影が写ったからなのだそうです。

ツベルクリン接種では陽性なので結核ではなさそうだ・・・。

自分の両親はのんきなタチで そんな風に考えていたようですが、さすがに夏休中には

どこかの病院で精密検査をと思ったようです。

 日帰りで済むかと思っていたら入院検査を言い渡され、貴重な夏休みの中でも

特に重要な終盤近くを3泊4日も費やすこととなりました。

現在の病室からは考えられないことですが、その頃の大学病院の「大部屋」と呼ばれる

6~8人の共有入院室には、それぞれのスペースを囲むカーテンがありません。

簡単な衝立が仕切りとして立ててあるだけでした。

病室が5階と言う高いところにあったことと、北向きの部屋だったこともあり

大きな窓にはカーテンもありませんでした。

 明日は退院を控えた3日目の夜のこと。

8月の末とは言え、珍しく台風が日本列島に上陸し、自分の住む街に接近しました。

消灯時間を過ぎた真夜中に 暴風雨のうなる音で目が覚めた時には、部屋は暗く

ベッドの中から見る窓の外ではいつも見えるはずの木の梢が見えなくなるほど

木がしなう強風で、風景が違って見えます。

暗雲には街の中の赤い光だけが届いているのか、空全体が赤を含んだまだらな鉛色で

どよめいているようでした。

窓ガラスにたたきつける雨は、まるで誰かが消火用のホースでめちゃくちゃに水を浴びせて

いるようで 鉄の窓枠がガタガタと鳴っていました。

 台風の風景を眺めるなどと言う経験は初めてでした。

家で台風が過ぎるのを待つときには 普通、雨戸やカーテンが閉まっていますし

小学生くらいではがんばってもいつか眠ってしまうものです。

入院生活で睡眠は足りすぎていますから、一度目が覚めるとなかなか寝付けません。

ドキドキしながら大きな窓の外に繰り広げられる嵐のパノラマを眺めていました。

雷がはためく中、遠くの方に稲妻とは違う光が暴風にのって流れたような気がしました。

雲よりずっと低い位置を横に流れる黄色い光でした。

しばらくすると、今度はもっと近いところに緑色の光の玉が現れて

これも風にあおられるようにすうう~~っと頼りなく流れて消えます。

思わず半分体を起こして、目をこすってから窓の外を凝視しましたが、

しばらくそうしていても何も起こりません。

「見間違いだったかな?」と、思っていると突然 すぐ目の前に灰色がかった赤い光の玉が

流れてきて、近くのビルの上にある大きな広告塔にぶつかって破裂しました。

窓と嵐にさえぎられていても鈍い「ドン」という感じの音が聞こえました。

大きさは大人の腕でひとかかえくらいでしょうか。

見間違えでも、錯覚でもなかったのですが、そんな光の玉など聞いたことがありません。

唖然として嵐を見つめていましたが、他のベッドに眠る大人の患者さんたちは

ぐっすりと寝入っているようで、訊くことも騒ぐこともできませんでした。

たまに現れては消える光の玉の不思議な光景をみているうちに いつしか眠ってしまい

目が覚めた時には台風一過の抜けるように青い空が輝いていました。

結局、検査の結果は問題なしで レントゲンに映った影の正体は現像ミスではないかと言う

ことに落ち着いたようです。

帰宅して 台風の夜に見た不思議な光のことを親に話しましたが

「へぇ~ ふぅ~ん そうなんだ。 それは知らないなぁ?」と言われただけでした。

 それから3年以上が経った頃 テレビで「世界で起こった怪奇事件」を特集した番組を

やっており、見ていてぎょっとする事件を知りました。

「家の中で足だけ残して焼失した人」という事件は、長く未解決であったが

近年の研究によって嵐の時か、嵐が近づいた時にまれに発生する「球電現象」による

規模の小さいプラズマの超高温が原因ではないかと紹介されていたのです。

そのときの解説と同時に画面に映った「球電」の写真は、台風の夜に見た光と

同じものでした。

色に種類があるとは言っていませんでしたが、どう見てもあの光です。

その球電がふわふわと漂って、開いた窓から入り 椅子に座ってくつろいでいた人間を

足だけ残して瞬間的に焼失させたのでは?ということでした。

自然現象であり、気象現象でもあると正体はわかりましたが まさかあのキレイな光が

人間の体を部分的に焼失させるような恐ろしい力を秘めているとは想像もしませんでした。

 現在(2017/09/17)台風18号が日本列島を縦断している最中です。

今も真っ暗な嵐の中、不気味に美しい「球電」が狂ったような景色に漂っては消えを繰り返しているのでしょうか?

皆さま、窓はしっかり閉めて お休みください。

朗読: 朗読やちか

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