これはお盆の時期に、俺達夫婦が体験した話です。

 その年、俺は同じ大学の子と学生婚をし、晴れて夫婦となった。
 もちろんお互いにまだ学生なのもあって式やバカンスなんてものはなかった。 強いて言えば、お盆という時期もあり、お互いの家に挨拶しに行く程度だった。
 そんな時だ、大学の先輩から突如連絡があり、俺たちの結婚祝いをしたいと言われた。
 夏休みを持て余していた俺達は喜んでそれを受け入れ、先輩達が待つ高知市の別荘に向かった。

 予め調べておいた駐車場に車を停め、待ち合わせの場所まで歩く。
 真夏の日差しが容赦なく照りつけてくる。 思わず立ち眩みがする程暑かった。
 時刻は午後六時、日が傾き始めても、暑さが和らぐ気配はない。
 項垂れそうな中暫く歩いていると、 「ようA、お? B子ちゃん久しぶり、元気してた?」
「あ、C先輩! お久しぶりです」
 ようやく待ち合わせの場所に辿り着いた。
「元気にしてましたよ。C先輩達は相変わらずそうですね」
 そう言ってB子がC先輩達を見渡す。
 メンバーはC先輩とD先輩、そしてC先輩の知り合いだというEさん、Fさん、Gさん、Hさん、Iさんの七人、全員男だ。
「何だよ相変わらずって……どうせ俺達はいっつもむさい集団だよ、悪かったなこのっ、一人だけ幸せになりやがって!」
 そう言ってD先輩が僕の髪の毛を両手でわしゃわしゃと掻き乱してきた。
「いや俺何も言ってないですよ! やめてください! だいたい今日は祝ってくれるんじゃなかったんですか?」
「おっ……そうだった悪い悪い」
 悪びれた様子もなく嫌味ったらしく笑うD先輩、それに釣られて皆も笑っている。 B子まで。
「心配すんな、こっちにうちの別荘があるんだ、そこで盛大に祝ってやるよ」
 C先輩はそう言って俺に肩パンをかましてきた。
「痛っ!」
 相変わらずの馬鹿力だ。 殴られた肩を擦りながら、僕とB子は互いに苦笑いをしながら先輩達について行くことにした。

 途中から林道に入り、整備された森の中へと通じる道に出た。
 日もゆっくりと沈み始め、辺りも薄暗くなってゆく。 静かな場所。 海が近いのか、たまに大きな波の音が聴こえてくる。
「ここって海が近いんですか?」
「ああ……この先に行ったら岬もあってな。そこの景色がすごく綺麗なんだ。寄っていこうぜ」
 振り返りD先輩が言った。
 正直慣れない長距離運転で、俺もB子も疲れていた。 出来ればこのまま別荘とやらに行きたい所だが……。
 隣にいるB子に目をやると、B子は苦笑いで、しょうがないよと言った顔で俺に返事を返してきた。
 俺は軽く溜息をつき、 「じゃあ案内お願いします」 そう言って先輩たちの後に続いた。

 暫く歩くと、あたりの暗さはかなりのものになっていた。
 先輩達も灯りは持っていないみたいで、微かに雲間から覗く月明かりだけを頼りに、俺達は暗い夜道を歩いた。 横にいるB子の息遣いが荒くなっていく。
 流石にこのままではと思い、先頭を歩く先輩達を呼び止めた。
「どうした……?」
「いや、ちょっと遠すぎかなって……良ければ明日にして先に別荘に行きませんか?」
「何言ってるんだ、岬までもう少しだろ」
「だとしてもB子もキツそうだしあんまり無理させたくないというか……」
「あ、A君私なら……」
「後もうちょっとなんだ! いいから来い」
 突然、C先輩の横にいたD先輩が声を荒らげB子の元に近づいた。 思わずビクリと肩を震わせるB子。 D先輩がB子の腕を取り乱暴に引っ張った。
 その拍子でバランスを崩しB子が前のめりに倒れそうになった。
 俺は急いでB子の体を両手で受け止め支えると、D先輩に向き直った。
「何するんですか! 危ないでしょ!」
 思わず怒鳴るように声を上げた。
「いいから来い!」
 今度はC先輩だった。
「な、何なんですか二人とも! 何かおかしいですよ!」
 二人とも明らかに様子がおかしい。 少なくとも俺の知っているC先輩やD先輩とは違う、そんな気がした。
 薄暗闇の中、二人の顔がよく確認できないため、何か得体の知れない者が目の前にいるように感じた。
 さっきまで蒸し暑かった空気が一変し、寒気まで感じる。 B子はすっかり怖気付き、僕の腕にしがみついている。 すると、
「来い……」
「えっ?」
 C先輩の連れの人だった。 さっきまで先輩達と俺達とのやり取りを見ていた他の五人が俺たちを囲み、言いながら腕を伸ばしてきたのだ。
 俺は咄嗟にB子の手を掴み男達の輪から退いた。
「なな、何なんですか一体!?」
 思わずそう叫ぶが、構わず五人の男達は俺達に近寄ってくる。
「来い……」 「来い……」 「来い……」 「来い……!」 「来い!!」
「きゃああぁぁっ!!」
 B子が思わず叫び声を上げた。 それと同時に、 「ダメだ! 俺達と来るんだ!」 離れていた先輩達が五人の男達の前に立ちはだかる。
「邪魔するな! 此奴は俺の代わりだ!」
「違う俺だ!」
「寄こせ俺の代わりだ!!」
「贄を……贄をよこせ!」
 男達が一斉に喚き始め、互いに絡み合うようにしてその場で取っ組み合いを始めた。
 いや、取っ組み合いでは無い。 これは…… あまりの光景に声が出なかった。
目の前で起こったそれは……殺し合いだ。

 雲間から射す月明かりの中、目の前で惨劇が始まった。
 C先輩の振り下ろす指が一人の男の目を抉った。 眼球がどろりと抜け落ち、空いた窪みから見たことも無い液体が流れ落ちる。
 横にいた他の男たちがD先輩の首元や腹に食らいつた。 みちみちと不快な音を立て肉を引きちぎり、臓物を引きずり出す。
 B子は恐怖とあまりの惨状にその場で嘔吐し、俺はへなへなと尻もちを着いた。
 獣のように吠える男達。 正気を失った光の無い目は、妖しい火の様に赤く灯っている。 ドス黒い血飛沫が乾いた地面を濡らす。
「うわあああぁぉぉっ!!」
 気が付くと、俺は腹の底から叫び声を上げていた。
 そして無我夢中でB子の手を取り森の中を一気に駆け出した。 振り向かなかった。 いや、そんな余裕はなかった。
 叫びながら俺はB子の手を引っ張ったまま走った。 喉が枯れるまで叫びながら。

 気が付くと、俺とB子は見覚えのある場所へと辿り着いていた。 最初に来た場所、駐車場だ。
「は、はは……」
 俺は緊張の糸が一気に途切れ、その場にしゃがみこんでしまった。 そこからは記憶が曖昧だった。
 B子に肩を貸してもらいながら俺達は車に乗り込むと、ペパードライバーで滅多に運転しないB子が車を走らせた。
 気が付くと、俺は旅館のベッドで目を覚ました。 カーテンからは清々しいほどの陽の光が差し込み、外では蝉が忙しなく鳴いている。
「良かった……」
「B……子?」
 言うと同時にB子が抱きついてきた。 俺は直ぐに心配をかけたのだと理解し、B子の頭を撫でた。
「これ見て……」
「えっ?」
 そう言ってB子は俺から離れスマホの画面を見せてきた。 画面にはニュース記事が載っている。
──沈没したレジャーボートの周辺から、男性二名の遺体を発見。二名とも昨日から行方不明になっていたCさんとDさんと判明し……
「昨……日?」
 意味がわからず俺はB子の顔を見た。 するとB子は先程旅館の女将さんからこんな話を聞いたと、俺に話してくれた。

 この辺りは海難事故が多く、毎年多くの人が亡くなっている。
 一年前に三人、そして半年前にも二人、そして今日、新たに二人の大学生、先輩達の遺体が発見されたとの事。
 そして女将さんはこんな事も言っていたそうだ。
「観光客にこんな事言うのも変な話だけど、正直今年でうちもここを畳むつもりなのよ。だって本当に気味が悪くて……あんた七人岬って知ってる?」
 そう言って七人岬に纏わる話を始めたそうだ。
 その昔、長宗我部氏の家臣だった吉良親実が、七人の家来と共に切腹を命じられ、この世を呪いながらその命を落とした。 やがて七人の家来達は怨霊となり、この地に災いをもたらしたという。
 七人を供養する為に、この近くには吉良神社が建てられ、今でもその家来達の供養塔まであるらしい。
 しかし、七人の呪いは凄まじく、供養された後も、七人岬という怨霊に姿を変え人々を苦しめたとか。 七人岬に出会った人間は命を取られる。
 人を一人取殺す事により、七人のうち一人が成仏し、取り殺された人間は新たな七人岬となって、現世を彷徨うのだという。
 そこまでB子の話を聞いて、俺は昨夜の事を思い返していた。
 先輩達とあの男達……全員で七人。
 七人の人間が海難事故で亡くなっている……。
 そして、あの目を背けたくなるような惨劇。 まるで俺とB子を奪うい合うように争っていた……。
 全てを知り、俺とB子はその場で押し黙ってしまった。

 あの忌々しい過去から数年が経った。 だが、未だにお盆になると掛かってくる電話。 C先輩からだ。
「誰から?」
 キッチンで子供と俺の朝ご飯を作っていたB子が、スマホの着信に気が付き声を掛けてきた。 降り注ぐ蝉時雨に、着信音が掻き消されてゆく。
「何でもない……よ……」
 そうボソリと言って、俺はスマホの電源を落とした。
 C先輩達は未だ、自分達の身代わりを探しているのだ……。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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