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海辺の蛍

小学6年生の夏休み。

家族4人で3泊4日の海水浴に行った時の出来事です。

 時期的に世間はお盆真っただなかでした。

行先は宮城県気仙沼市の港にある「大島」という島でした。

当時は船で島に渡っていましたが 今は橋が架けられているそうです。

大人にとっては海の幸に魅力があり、子供にとっては藍色に光る海原と

海岸からすぐに山へ移る豊かな自然の中でのびのびと遊ぶことができる

楽しさが魅力でした。

 東北の海独特の魚影の濃い海底が透き通った水を通してゆらいで見えます。

貝殻は見たこともない形や色をしていて、かすかにトゲを動かしているウニは

青い小さな光をまとっています。

大きなカニがヒスイの翠(みどり)をきらめかせて走ります。

ホタテ貝が泳ぐ姿を初めて見たのもこの海でした。

 山のふもとには田畑が広がり、草の茂みにはピラミッド型の珍しい小さな

カタツムリがのんきそうにツノをのばしています。

大きなクヌギの木にはそれにふさわしい大きなカブトムシやクワガタムシが

洞(うろ)に隠れて昼寝をしている・・・。

どこか、時間が止まってしまったような雰囲気のあるこの島が

自分はすっかり気に入ってしまいました。

 昼間、海と山の両方でさんざん遊びに夢中になったのに、夕食が済むと疲れも見せず

花火をして遊ぶのが待ちきれませんでした。

提灯と懐中電灯の光をたよりに外に出ると、道をはさんだ向こうの浜辺は真っ暗で

海は真っ黒です。

波の音だけが波打ち際の場所を知らせてくれていますが、月がちょうど山影にかくれ

晴れた空は天の川の星明りがみごとすぎて 海と陸がますます暗く静かに

沈んでいるように見えます。

 花火がはじけ始めると あぁ炎ってこんなに明るいんだなぁと改めて

思わされるのでした。

最後の花火が終わり、燃え殻を片付けていると小さな火がふわふわと

気持ちのいい潮風に流されているのに気づきました。

花火の残りの火花が風に舞って消えていくのだと思い、ながめていると

その小さな緑色の火が消えないことにびっくりしました。

それは小さな蛍でした。

浜辺に蛍が飛んでいる光景など見たことも聞いたこともありません。

周りをよく見ると あちらにひとつ こちらにふたつと波打ち際と浜辺を

小さな火がいったりきたりふわふわ ふらふらしています。

親に帰るぞと、声をかけられるまで 真っ暗な浜辺でその光景に心を奪われていました。

 宿に戻って宿屋の主人にさっそく浜辺で見たことを伝えると

「ああ それは迎え火の蛍だね。」と、教えてくれました。

自分が「迎え火って お盆にご先祖を迎えるときに焚く火のことですか?」と、聞くと

「よく知ってますね。浜に飛ぶ蛍は 海から帰ってくる誰かを待っていて

間違いがないように 小さな火でここだよぅ、ここが浜だよぅって光ってるんですよ。」

小学生の理解力では今一つはっきりしなかったので

「海から帰ってくる? お盆は地獄の窯(かま)のふたが開くから

地獄からも帰ってこれるって話なら聞いたことあるんだけどなぁ?」

きょとんとする自分に 宿屋の主人は

「海で亡くなった人は カタスクニからかえってくるんですよ。」と、教えてくれました

 海で亡くなった人・・・。

船が転覆したのか 波にさらわれたのか 海で命を落としたその人は

亡骸(なきがら)が見つからなかったと言う意味なのでしょうか?

波打ち際で「ここだよぅ」と蛍の小さな灯火(ともしび)をかかげて待つのは

いったい誰なのだろう?

子供を亡くした親なのか 帰らぬ親を待つ子なのか 突然、死で分かたれた夫婦なのか

二度と語らうことのできない友や恋人なのか。

きっと待つ身の自分が寿命を迎えても なお見つからない誰かのために

大切な人が迷わぬよう願う気持ちが 蛍に伝わるのかもしれない。

 それからは、夏を迎えるたびに あの思い出深い夏休みの

海辺の蛍を思い出し、その時々の理解力で考えを深めていきました。

大島の星が降る静かな暗い浜辺では「ここにいるよ ここだよぅ」と、

帰りを待つ誰かと 黒い海から呼びかけられて帰る人を蛍の火の明滅が

今でも結び付けているのでしょうか。

2011年3月11日に東日本大震災で 津波の被害が大きかった気仙沼市では

行方不明で捜査が続けられている被災者がまだ多いと聞いています。

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