まーちゃんとの同伴

 私は大学進学を機に親元を離れ、愛知県で一人暮らしをしていました。
 これはその時の話です。

 大学二年生の春に、友人数人と夏休みに一緒に自動車の免許を取ろうという話になりました。
 確か数人で申し込むと、少し安くなるコースがあったからだと記憶しています。
 当時は親の仕送りと映画館のバイトで生活していました。
 しかしそれだけでは車校代が足りず、仕方なく学校近くのラウンジで新しくバイトを始めることにしました。
 そのラウンジは繁華街のキャバクラほど服装や女の子のレベルが華美ではなく、田舎者の私でもあっさり受かることができました。

 ラウンジでバイトを始めて一週間ほどした頃、真壁さんというお客さんの席にヘルプで着きました。
 真壁さんは50歳くらいの男性で、髪が薄く、がっしりした体型をした方です。
 いわゆる普通のおじさんでしたが、会社の役員をしているとかで、週に一回ほど来てはサクッと飲んで帰ります。
 昔からの常連さんらしく、女の子達やボーイさんから、「まーちゃん」とか「まーさん」とか呼ばれていました。
 席に着く前にボーイさんが 「綺麗な飲み方するし優しい人だよ。ラッキーだね」 と教えてくれました。
 ところが真壁さんは私が席につくなり驚いた顔をして 「うわぁたまげた。君、全然タイプじゃないわぁ!」 と、よほど驚いたのか大きな声で叫びました。
  内心ムッとしましたが、容姿に関してあれこれ言われることはバイトを始めて早くに慣れてしまいました。
 気にせず接客していましたが、真壁さんは私に向かって「タイプじゃない」と何度も繰り返します。
 流石に反応に困り、担当の指名を受けた先輩キャストに助けを求めましたが、その子は顔色が悪く、何やら挙動不審な様子でした。
 結局その子は真壁さんが帰ると体調不良で帰宅し、その直後に店を辞めてしまいました。

 後日、真壁さんはあれほど好みじゃないと言っていたはずの私を指名して店にやって来ました。
 相変わらず会話の間に「タイプじゃないなぁ」と呟いていましたが、面倒な飲み方はしない上ドリンクも沢山くれて、ボーイさんの言っていた通り良い方だと感じました。
 しばらく経った頃、真壁さんから同伴に誘われました。
 同伴は出勤前にお客さんとご飯を食べたり、軽く出かけて、その後お店に出勤する制度です。
 せっかくなのでお誘いに乗り、お店から少し離れた串カツ屋さんまでご飯を食べに行くことになりました。
 当日、食事後に真壁さんが呼んだタクシーでお店まで向かいました。
 後部座席の左側に私、真壁さんは右側に座っていました。
 お店までの道すがら、真壁さんは大きな家やマンションを指差しては 「あれ俺んちだよ」 とつまらない冗談を連発しています。
 適当にいなしながら会話を続けていると、ふと、タクシーが信号待ちしている間に 「ここ、俺の……」 という声が左側から聞こえました。
 最後の方は声が小さすぎて聞こえませんでしたが、また真壁さんがふざけているのだと思って、 「も〜またそれ?」 と真壁さんの方を向きました。
 しかし、真壁さんは何も話していません。
 無表情で私の後ろ、窓の外を見ています。
 釣られて外を見ると、道路脇の墓地に男性が立っていました。
 その男性と目が合います。 そして男性が口を動かすと、すぐ横から 「ここ、俺の……」 と聞こえて来ました。
 歩道を挟んで、窓も閉まっているというのに、はっきり聞こえたのです。
 感じたことのない寒気が背筋に走り、急いで墓地から目を逸らしました。
 それでも、耳には男性の声が聞こえ続けていました。

 やがてお店に着き、タクシーから降りると声は止みました。
 真壁さんは先に席に向かい、私も着替えを済ませ遅れて席に向かいます。
 真壁さんにさっきのことを聞こうとすると、また 「ここ、俺の……」 先ほどの声が聞こえて来ました。
 真壁さんは 「あちゃー、来ちゃったね」 と笑っています。
 なぜこの状況で笑えるのか、そもそも真壁さんにも聞こえているのか、色々な疑問で頭がいっぱいになりました。
 気がつくと視界の端に、男が立っていました。
 壁際に立ち、こちらをぼうっと凝視しています。
 すぐに墓地にいたあの男だと気づきました。
 ボーイさんや他のキャストには見えていないのか、誰も反応していません。
 男はゆっくり、足を動かさず滑るようにこちらへ近づいてきます。
 テーブルの横まで来てピタッと止まると、顔をぐぐうっと近づけ 「ここ、俺の……」 と呟きました。
 もう怖くて怖くて、半分泣いていたのですが、真壁さんは男を気にする風もなく 「怖いなら腕に掴まってもいいよ」 などとにやにや話しかけてきます。
 怖いやら腹立たしいやらで情緒はぐちゃぐちゃでしたが、背に腹は変えられません。
 必死の思いで真壁さんに捕まり、男の声を聞かないよう、真壁さんの方を向きいつもの倍の勢いで話続けました。
 男の声はだんだんはっきりしてきて、油断すると「ここ、俺の」の先が聞こえて来そうでした。
 真壁さんが帰ったらどうしよう。 一人で耐えられる気がしない。 お祓いに行かなきゃ。
 色々考えている間に、無情にも真壁さんが帰る時間になってしまいました。
 真壁さんをお見送りするため席を立つと、男の気配がふっと消えました。
 思わず男がいた場所を見るも、何もありません。
 あっけにとられる私に、真壁さんはにやにや笑って言います。
「ほらね、君は俺のタイプじゃないから」
 意味がわからないまま真壁さんをお見送りし、私もその日は早退しました。

 翌日真壁さんに、電話で昨日の出来事は何だったのかを聞かせてもらいました。
 真壁さんの話をまとめると、 真壁さんは昔から霊感が強く、霊みたいなものをよく見るだけでなく、側に勘の良い人がいると、その人まで見えるようになってしまうそうです。
 女の子で、特に夜の仕事をしている子には勘の鋭い子が多く、また、真壁さんが好きになる子は何故か皆そういうものに当てられやすいのだそう。
 指名した子が辞めてしまい申し訳ないので、あまり影響なさそうな私を指名してみたそうですが、見えてしまったことに驚いていました。
 確かに私は霊感などなく、そういう物を見たことも無かったし、信じてもいませんでした。
 私が昨日見た男は、真壁さんにはもっと痛々しく、グロテスクな見た目に見えていたそうです。
「焼死か何かかな、あれは」 と言っていました。
 電話の最後に真壁さんは 「やっぱ君すっごい鈍いよね。全然タイプじゃない」 そう言って笑いました。

 その後私は車校代が溜まったのをきっかけにお店を辞めましたが、真壁さんとは今でもたまにメッセージのやり取りをしています。
 また、お店に妙なものを見ても動じない肝の座った子が入ったらしく、今はその子を指名して通っているそうです。

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