ごめんなさい

 十七の時、バイトが休みの日の前日は、歳上の親友と夜遅くまで出歩いて、朝方帰る……という生活をしていた。
 親友の久美は十九歳で、車の免許を取り立てだったので、彼女の運転の練習がてらドライブに出かけるのが日課だった。
 その日は、私の幼馴染で久美の彼氏の吉野も一緒に、市内の巨大霊園に行こうということになった。
 何故霊園なのか疑問だったが、その霊園は小高い山の中腹に建てられており、山の天辺はちょっとした展望台になっている。
 今の時代では到底考えられないことだけど、当時はかなり緩かったので、お酒やお菓子を買い込んで、展望台で一騒ぎしよう! という話になったのだ。

 久美の運転で、助手席は私。 吉野は前日からオールをしていたので、後部座席で爆睡を決め込んでいた。
 時刻は二十二時になるかというところだった気がする。
 当時は怖いもの知らずというか、あまり心霊に興味がなかったこともあり、霊園の山道をなにも気にせずに通り抜けた。
 久美とお互いの趣味である映画や洋楽の話をして、道中楽しんだ。 と、なぜだか会話が一瞬途切れたその時に、車の前方を白い霧のような靄がふわっと横切った。
「ん?」と声に出すと、久美からも「え? 霧?」と返答があった。
 といっても周囲に霧はないし、何かおかしい気もしたが、まああまり気にしないで行こう! と、また会話を再開させた。
 しばらく登ると、開けた場所に出た。
「○○展望台駐車場」の表示が見えて、久美が車を停めようと駐車場に進めると、ヘッドライトに照らされて妙な物があることに気がつく。
 駐車場の奥、隅のほうに蔦が絡まり、フロントガラスは割れ、薄いブルーの塗装が剥げて、サビているのか所々茶色くなった車がひっそりと停まっている。 停まっているというよりは、放置されていると言ったほうが正しいかもしれない。
「なにあれ。気味悪い」と、久美。
 そうは言ってもここは田舎なので、ああいった放置車両はそこまで珍しくもない。 私は適当に相槌を打って吉野を叩き起こした。

 展望台までの道のりは、駐車場から約百メートルくらいだったように思う。
 途中でカップルとすれ違い、ここはデートスポットだったということを思い出す。
 展望台に到着し、かくして若者三人のプチ宴会が始まった。
 当時流行ってたモンゴル800の小さな恋の歌を三人で熱唱したり、バカ話で盛り上がったり、人生相談し合ったり、夜空や夜景にしんみりしたり。 思い思いに楽しんだ。
 久美が明日は仕事だというので、じゃあそろそろ帰ろうか、と言う頃には、すでに夜中の零時を回っていた。
 駐車場まで戻り、吉野と談笑しながら車に乗り込もうとしたとき、「あれ……? なんで?」という久美の声が聞こえた。
「どした?」と久美を見ると、久美は駐車場の奥を呆然と見つめている。 「車、なくなってない……?」
 久美が、少し震えた声で呟いた。 私は月明かりだけを頼りに、先程まで車があった場所を目を凝らして見た。 車はなくなっていた。
「え? どういうこと?」と私が声を上げると同時に、「もういいよ! 行こう!」と、焦った様子で久美が叫んだ。
 その久美の様子に私も急に怖くなって、鳥肌がぶわっと立つのを感じる。
 なになに? なんだよ? と、1人話についていけていない吉野を、早く乗って! と車に押し込み、私と久美は車に雪崩れ込んだ。
 エンジンをかけ、発車させる。 ほとんど無言のまま山を降りてようやく街に出ると、重苦しい空気に耐えられなくなったのか、吉野が「で、さっきのなんだったの? 超怖いんだけど」と聞いてきた。
 久美が吉野に一部始終を話し終える頃には、私たちの緊張もある程度解れ、心霊番組みたいな貴重な経験に、みんな逆にテンションが上がっていた。
 そこで久美が、ハッと気付いたように「そういえばさ、すれ違ったカップルも変じゃない……? 駐車場、あの放置車両とウチらの車だけだったよね……?」
 そうなのだ。
「小高い」と言っても立派な山で、麓から山頂まではそれなりに距離がある。 しかも周りは墓地だ。 訪れる手段は車でなければおかしい。
 それなのに、駐車場にはカップルの車らしきものはなく、駐車場の先も行き止まりなので、路駐できるはずもない。
 それに気付かされてしまった瞬間、また車内が凍りついたようになった。
 その後3人でちょっとだけ考察をして、私は家まで送ってもらい、別れた。

 軽くシャワーを浴びて少しだけ友人とメールでやりとりした後、寝ようと思って時計を見ると、二時ちょっと前だった。
 当時住んでいた家は手狭で、寝室は母や歳の離れた妹と一緒であったため、起こさないように静かに布団に潜り込んだ。
 もう既に瞼が重くなっていた私は、枕元にケータイを置くと、目を閉じた。
 と、その瞬間だった。
 頭の中で、「パァンッ!」と何かが弾けるような音がして、驚いて反射的に体を起こそうと、肘で体を片方少し浮かせた形のまま、固まってしまった。
 え? え? と混乱して、咄嗟に母を呼ぶも、全く反応がない。 というか、声が出ていない。
 焦っていると、足元、つま先から、徐々に冷たい空気が上に登ってくる感覚がした。
「これは見てはいけないやつだ」
 直感でそう感じた私は、目を固く瞑り、過ぎ去るのをひたすら待つことにした。
 なんとなく頭の中で、私の布団の周りを、数人の白装束姿の人が取り囲んでいるイメージが浮かぶ。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……。
 何故そう思ったのかはわからないが、ひたすら「ごめんなさい」と謝り続けた。
 どのくらい経ったのかはわからないが、ドサッと自分の身体が布団の上に落ちる感覚がして我に帰ると、目を固く瞑ったまま布団に潜り、手探りで枕元のケータイをひっつかみ、久美にメールを送った。
「怖い! 今金縛りに遭った!!」
 すぐに返信が来る。
「私も」

  結局、あの時白い靄と放置車両を見ていなかった吉野だけが、金縛りを免れていた。
 何がどう言うことなのか、未だにさっぱりわからないが、霊園で騒いだことをよく思わない方達がいて、怒りを買ったのかも……と、反省している。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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