さようなら

「じゃな、バーイ」
「……」
「バーイ」
「……」
「って、ちょっ、待てよw」
 オレとヨシキ、カズマの三人は、 この春から同じ中学に通うことになったクラスメイトだ。
 なんとなく気が合い、いつの間にかつるむようになった。 が、最近気になりだしたのがカズマの事だ。
 カズマは元々口数の少ないやつなのだが、 それにも増しておかしな点がひとつある。
 今日はその事についてわからせてやろうと思い、 急遽、学校帰りにバーガーショップへ寄り道することにした。
「カズマさ~絶対サヨナラーとか言わないだろ」
 ポテトでカズマを指さしながらヨシキが言う。
「それな。おはようは言うのにな」
 オレもヨシキに続く。
 二人でさんざん教育的指導を行っていると、 カズマの重い口がようやく開いた。
「いや~わかってはいるんだけど~……ボクが別れの言葉を言うとさ、その人……死んじゃうんだよね……」
「マジか」
「なんやそれ」
 二人ほぼ同時にツッコんで笑った。
「うん~……最初は田舎のおじいちゃんだったな。 ボクが幼稚園生くらいの時にはじめて田舎に行って……正確には赤ちゃんの頃に行ったことはあるらしいんだけど、 物心ついてから初めてって言う意味で……で、帰る時に泣きながらおじいちゃんに別れの言葉を何度も言って手を振って……そしたらおじいちゃん、 その一週間後に死んじゃったんだ……」
「それは偶然やろ」
「おじいちゃんは元々寿命やったんやろ」
 また二人同時にツッコむ。
「ボクはすごいショックで、絶対自分のせいだって泣いてたんだよね。別れの言葉なんか言うから死んだんだって」
「え~じゃあさじゃあさ、小学校の低学年の時とかってさ、 よくクラス全員で先生さようなら~とかやるじゃん。それはどうなのよ」
 ヨシキが質問した。
「したよ。したさ。まだ子供だったし」
「ならできるじゃん。サヨナラって言えたんだろ?」
「だーかーらー、その1週間後に先生死んじゃったんだって!」
 カズマが少しキレ気味にそう言い放った。 オレもヨシキも少し驚いて引いた。
「いや……偶然も重なるもんやな」
 ちょっと怖い話になって来てキョドるオレ。
「ボク……ホントにそんなことが起こるのか怖くなって、ちょっと実験してみたんだよね」
「……実験?」
「そう、実験。……ウチの近所にすごくうるさい犬がいてね。人が近づくと吠えまくるんだ。 だからそいつに向かって何度も別れの挨拶を口にしてやったんだ」
 ゴクリとコーラを飲み込む。気のせいか体が冷え冷えとする。
「し……死んだのか?」
「うん。自分でも信じられなかったんだけど……死んだよ。だからね、それ以降はもうお別れの言葉を言わなきゃいけないときはクチパクだけにしてるんだ」
「ひえ~……」
オレはちょっとビビりだしていた。
「あはははは」
 ヨシキのやつは笑い出していた。
「おまえそれ2ちゃんのオカ板に書き込んだ方がいいぞ、おもろいわ」
「ヨシキは信じないんだ」
「あったりまえだろ! 偶然に偶然が重なって可哀そうなことになってるだけやん。 一番可哀そうなのはカズマや。こんなくだらないことでトラウマになって挨拶もろくにできんのやからな」
 俺たちの間では、ふざけている時によくエセ関西弁になる。
 だからヨシキは今、心配してる風を装って実はカズマのことをおちょくっている。
「ほら、オレにさよならって言ってみ。今ここで」
「えっ?」
 ヨシキはたまにぶっ飛んだことを言う。
 怖いもの知らずというか……。カズマの話が本当だったらどうするつもりなんだろう……。
 オレの心配をよそにカズマをおちょくりつづけるヨシキ。
「わかったよ、言うよ。言えばいいんだろ? どうなっても知らないからな」
 カズマが半ばやけになってヨシキに食ってかかった。
「わー、マジかよ! オレは聞かないからな、耳塞ぐぞ」
 そう宣言して両耳を塞ぐオレ。それを軽蔑したような目で見るヨシキ。 カズマがクチを開いた。
「ヨシキ……」
 長い沈黙の後に
「さ……」
 さようならの「さ」の形にカズマのクチが動く。
 その瞬間、バーガーショップの店内が、まるで色を失ったかのように急に暗くなった。
「よ……」
 カズマのクチが「よ」の形になった途端、1階から続く階段の下から ニョキっと何かが突き出してきた。
 それは刃のとても長い草刈り鎌に見えた。
「う……」
 カズマのクチがゆっくりと「う」の形になった。
 階段から伸びてきた鎌を持った、黒いフードをかぶった人物が頭を出した。
 得体のしれない真っ黒な影の中に隠れながら、1歩階段を上がって来た。
「な……」
 カズマのクチがさようならの「な」の形になった。
 ヤツが、階段をまた一歩上がって、こっちをにらんでいる。
 顔が見える。 ガイコツのようなミイラのような顔で目だけが光っている。
 真っ黒なフードをかぶって巨大な鎌をにぎっているその姿は、 誰もが知っている死神のイメージそのままだった。
 ふとヨシキを見ると、眉間にしわを寄せて苦しそうな顔で 自分の胸のあたりを鷲づかみにしている。
「……」
 カズマが最後の言葉を口にしようとした瞬間
「わーわーわーわー!!」
 オレは居ても立ってもいられなくなり、 意味不明なことを叫んで立ち上がった。
「ヤメロ、やめてくれ! カズマ、ヨシキ! やめてくれ!!」
 その瞬間、階段にいた死神はすーっと消え、バーガーショップの店内はいつもの色と光を取り戻した。
 ついでに客たちが全員オレに注目した。
 冷や汗がたらりと額を流れる。 その瞬間、「あっはっはっはーー!」と大笑いするヨシキとカズマ。
「イェーイ、ドッキリ大成功~」
「てってれーーーー!」
「えっ……いや、ドッキリって……」
 実はヨシキはカズマからこの話を相談され、知っていたらしい。
 で、考えたのが一番ビビリなオレを驚かすために、 二人で一芝居打つことだったのだ。 なんというバカだコイツら……。
「マジかよ……ひどすきるわ~。で、わざわざ死神のカッコしたやつを 階段下にスタンバらせてたっていうの?」
 呆れてそう問いただすオレに、きょとんとする二人。
「なに? 死神って」
「オイオイ、さっそく復讐かよ」
「いやいやいや、さっき階段の下から……」
 そう言って階段へ駆け寄るオレ。
 そこは今まさに女子高生の二人組が登ってくるところだった。
 死神のコスプレをした人間などどこにもいない。
 呆然としているオレを見てカズマが言う。
「あのさ、おじいちゃんや先生、それに犬が死んだのは本当の話でさ、ボク自身はなぜそんなことが起こるのか理由はぜんぜんわからなかったんだけど、……そうか、死神か……そんなのが寄って来てたのか……」
 どうやら当のカズマには死神は見えていなかったらしい。
 オレは思った。
「これ、ドッキリとか遊んでる場合じゃなくて、けっこう深刻な問題なんじゃね? マジで」
 俺たち3人はこの後どうすべきなのか途方にくれ、 バーガーショップの窓から沈む夕日をただじっと眺めていた。
 3人で話し合った結果、ネットにこの話を書き込むのは良い方法かもしれないという話になった。
 きっと誰かが解決策を教えてくれるに違いない。
 一縷の望みを託して、ホラーホリックスクールにも書き込んでおこうと思う。
 読者の皆さん、よろしくお願いします。

朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル

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