桜も満開のシーズンを迎えて、お花見をしている人もちらほら見かける。
俺自身、花見というものにそれほど興味などがなかったのだけれどあることがきっかけで花見が好きになった。
高校を卒業して大学進学のため上京した俺の安いアパートの近くに公園があってすぐ横に大きな桜の木があるんだ。
公園と言ってもスペース的にはそんなに広くなくて、桜の木の横に3つほどの遊具が併設してあるようなもので、正直花見のシーズンじゃなきゃあんまり人も寄るようなところではない。
春には太い幹から上へ横へと伸びた枝から咲き誇る花びらの美しさとその場にただ一本しかない桜の木ということで圧倒されるほどの存在感があり、花見をしている人をよく部屋の窓から見てた。
その公園には、毎朝掃除をしているお爺さんがいるんだけど、夏には雑草の草むしり、秋には枯葉やゴミを箒で集めたり、遊具を磨いたり、雨風が強い日には木の枝が折れないように手入れするなどの真面目な爺さんで、見事な仕事っぷりだった。
仕事って言っても多分、退職した爺さんがボランティアでやっているのだろうぐらいに思っていた。
スーパーやコンビニに行ったり、通学のためにその公園を毎回通っていたのだけれど、特にその爺さんにしゃべりかけるでもなく、視界に入っては「また掃除してるな」ぐらいでただ遠くから見る程度だった。
そんな日が続いて、俺が大学の四回生になり、無事卒論も提出し、もうすぐ卒業という桜シーズン一歩手前の時期にいつも来るはずの爺さんが来なかった。
「風邪でもひいたのだろう、事情があって来れない日ぐらいある」
とか思ったが、一週間も姿を見ない日が続くと少し気掛かりになっていた。
数日後には寒さも落ち着き、桜の蕾が徐々に膨らみ始めた頃で、地元に帰っての就職が決まっていた俺は
「あの桜を見るのは今年で最後か」
なんて寂しくも思っていたが、人混みが苦手なので今年も花見をするつもりはなかったのだけど、
ある夜、自分の部屋に友達を5人ほど呼び、卒業と就職祝いなどで酒を飲みながら思い出話に花を咲かせいると酒が無くなったのに気づき、いつも行くコンビニまで、一人で買いに行く途中、あの公園を通った。
時刻は午後10時を過ぎていて、公園は暗く入口付近にある街灯だけが唯一の明かりだった。
コンビニで缶ビールなど適当に買い、急ぎ足で公園を抜けて帰ろうとしたとき、俺は自分の目を疑った。
数分前に通った時まだ蕾だったはずの木に満開と言っていいほど桜が咲いていたのだ。
俺は「えっ!まだ開花には早くないか?いや?咲いてたとしてもこんな満開に…」
と驚いていると桜の木の陰に人影が見えた。
その人影がこちらに近づいて来るのが分かり、暗い中、目を凝らして見るとあの清掃している爺さんだった。
「夜も手入れしてるのかよ」とか「久しぶりだな」とか思っていたら、近づいてきた爺さんが俺に向かって軽く会釈したので俺も会釈し、「こんばんわ」と挨拶した。
酒に酔ってたのか、もう離れるからなのか、久しぶりに爺さんを見てなのか、俺は爺さんに話しかけようと思って、桜をじーっと見ている中「綺麗な桜ですね」と、ありきたりな言葉をかけると爺さんは今まで作業の時に見てた真面目な表情とは違って照れるように笑って頷いた。
その笑顔に俺も調子にのって、「でも、早くないですか咲くの?」とか「きっと、お爺さんの手入れのおかげですね」とか言ったら、爺さんが小さく顔だけ俺に向けて「いつも見てたよ、卒業おめでとう」とか言って、その言葉にテンション上がって「ああ、ここ通ってるの気付いてたんだな、通るとき挨拶すればよかったな」とか思ってたら、爺さんが静かに
「花見好きなんだよ」って呟いた。
丁度いいと思って買ってあった缶ビール渡したんだ。
俺もビール片手に桜眺めながら飲んでたんだけど、爺さんビール持ったまま後ろで手組んで桜をずーっと見上げてるんだ。
ニコニコしながら。
もっといろいろ話して聞いてみたいことあったんだけど、それまで飲んで酔いがまわってきたのとテンション上がったので、立ってられなくてその場に座ったまま寝てしまったんだ。
気が付くと友達に肩を揺すられ俺は桜の木に座ったまま寄りかかるようにして寝ていた。
帰りの遅い俺を心配して探しに来てくれたらしい。
慌てて辺りを見渡し爺さんを探すんだけど何処にもいない。
俺の横には爺さんに渡した缶ビールが未開封のまま地面に置かれ、手にはまだ少し残っている缶ビールを持っていた。
そして、不思議なことに桜の木に花は咲いていないし、それどころか地面にひとひらの花びらも落ちてない。
友達には満開の桜がとか言ってももちろん信用されなくて、「こんな肌寒いに満開?」とバカにされた。
でも確かに薄暗かったけど桜は咲いていた。
と思う。
後日、爺さんに話しかけようと自分の部屋がある建物二階の窓からチラチラ覗いたりして、探していたがまた一週間ぐらいは来なかった。
引っ越しの準備を始めようとした頃、公園にはあの爺さんではない40代ぐらいの男性が清掃に来るようになって、どうしても気になって引っ越しの当日にその人にあの爺さんのことについて尋ねた。
するとその人は「あれはね、僕の父でね、この間亡くなったんだよ」優しく答えてくれた。
「トクジって言ってね、この地域では桜好きのトクジって有名だったんだけど、町内会のみんなで花見するのが毎年の楽しみでいっつも桜の木見に出かけてたんだけど、最近は病院で寝たきりでついこの間ね…今年の桜はあと少しで見れたんだけど…」
その人は他人の俺に快く話してくれた。
そのあともその人から聞いたんだけど、毎日通っていく子がいるって話してたらしくてあんまり人が寄るところじゃないからすぐ覚えられたらしい。
そして爺さんは若いころから仕事もしつつ公園の掃除をしていたことや今はこの人が代わりに清掃などをしに来ていることを教えてくれた。
今ではやっぱり夢なのかもと思いつつ、そういえば卒業のこと言ってなかったのにどうしておめでとうって言ったんだろうとかいろいろ考えたりするけど、あの少し残ってた缶ビールを飲んでしまおうとしたとき、ピンク色の花びらが缶の口元にのっていたことは爺さんからのお祝いだったのかなとか勝手に思っている。
それからは桜を見ると頑張ろうって気がして、花見も悪くないなって、今年も計画中です。