まがい物の神社

 これは、とある男性から聞いた話です。

 彼の田舎には昔、行ってはいけない神社、というものがありました。
 それは正確には神社ではないのですが、とある林の中に鳥居とうっそうと茂る木々に囲まれた区画があるのだといいます。
 それが何のための物なのか、土地を所有していた老人が口を割ることはなかったそうですが、とても一人で用意することが出来る代物ではないのと、時折、県外ナンバーの白いバンが近くに止まっていることもあり、なにか怪しげな宗教絡みではないか、と噂されていたそうです。
 気味悪がった大人たちは、口を酸っぱくして 悪ふざけでそこに行かないよう、子供たちに言い聞かせていたといいます。
 彼によると鳥居の向こうには、電話ボックスより一回り大きい程度の小屋があるのだといいます。
 それは辛うじて塗料の水色が残る、錆ついたトタンで覆われていて、その壁面には、ぐるりと二周か三周、紙垂のあしらわれた、太いロープが巻きついているそうです。
 なぜ知っているのか、という私の問いに彼は、友人とその神社に忍び込もうとしたことがあるのだと答えました。

 彼がまだ幼い頃のある日、土地の持ち主である老人が亡くなったそうです。
 そしてそれを境に、定期的に現れていた白いバンも、姿を見ることがなくなりました。
 大人たちからは、変わらず近寄るなと言われていたそうですが、ある時、度胸試しにと友人に誘われ、忍び込むことにしたのだといいます。
 昼下がり、人目を気にしながら林を抜け、鳥居の前に出ると くすんだ赤色をしたそれの向こう、先ほど話したトタンの小屋が見えたそうです。
 その出で立ちに、不気味さもさることながら、直感的に近寄るべきでないと感じた彼。
 一方で、連れ立った友人は意に介さず、一人鳥居の向こうに入っていったそうです。
 小屋の壁を見つめ、巻きついたロープを辿り、裏手に回る友人。
 しばらく姿が見えなくなったそうですが、またひょっこりと姿を現し 今度は地面を見て、何かを探すように小屋の周りをウロウロし始めます。
 時折立ち止まっては、足で地面を探っていたようですが、気が済んだのか顔を上げると、外で待つ彼の方へ片手をあげ、鳥居の向こうから戻ってきたそうです。
 友人曰く、まず小屋の裏側には壁がなく、ロープが邪魔で中には入らなかったものの、内側には何もなかったといいます。
 また、小屋の周りの地面にはいくつか、綺麗な円形の石があったそうですが 足で小突いても動く気配はなく、おそらく杭のような物が埋まっているのではと話していました。
 友人はリュックからノートを取り出すと、図を描いて位置を説明し始めたそうです。
 まず中央に四角──トタンの小屋──を描くと、続いて円形の石を示すいくつかの丸、そしてその周辺に、シャープペンシルをグルグルと動かして、黒い木々を描きました。
 そして最後、黒い木々で楕円形に切り抜かれた区画の上部にペンを構えると そこで急に手を止めたのだといいます。
 しばらく何か考えていたようですが、思い立ったように、背後の鳥居を振り返ったそう。
 そして、ノートに向き直りペンを構えますが、やはりまた手が止まります。
 不思議に思って顔を覗き込むと、友人は不安げな表情で見返してきました。
 どうやっても、鳥居を描くことが出来ないと言うのです。
 彼とその友人とは、今でも交流があるそうですが、あれから随分経った今でも、友人は鳥居を描くことが出来ないのだそうです。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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