廃車置き場

 子供の頃の話。

 昔家族で住んでいた社宅の隣に、廃車置き場があった。
 田んぼ二つ分くらいの敷地に、あらゆる車が乱暴に積み重ねられている。
 まだ乗れそうな比較的綺麗な車から、前後がベコベコに凹んだ、事故車だと一目でわかるようなものまで、様々だった。
 社宅には俺と同世代の子供も多く、俺含めて五人の、いわゆる幼馴染的な仲間たちと、誰かの部屋や社宅の公園で遊ぶことが日課になっていた。
 ある夏休みの一日。
 俺たちは午前中から集まり、駄菓子屋に行き菓子を買って、公園でワイワイ遊んでいた。
 正午も近くなり、ひとしきり遊び尽くした感が充満すると、「次何する〜?」というリーダー格のAの一言に、その場に沈黙が流れた。
 皆んなが黙って考えていると、一番の悪ガキであるBが閃いたとばかりに手を叩き、「廃車置き場に秘密基地作らねぇ?」と驚きの提案を出した。
 当然のことながら、廃車置き場は危ないから絶対に入っちゃいけない!と、どの家庭でも口酸っぱく言われているのに、だ。
 だが、やるな行くなと言われていることこそ挑戦したくなるお年頃。
 その背徳感がスリルに変わるのに、時間はかからなかった。
 俺もAも承諾したが、CとDは「危ないから」とか「そろそろお昼ご飯だから」などと言って離脱。
 俺、A、Bは共働き家庭で、母親もこの時間にはおらず呼ばれる心配もなかった為、CとDに「絶対親に言うなよ」ときつく口止めしてから廃車置き場へと向かった。

 その廃車置き場は、今では考えられないことだが、施錠どころか壁や柵などの境界もなく、入ろうと思えば子供でも容易く入れる作りになっている。
 しかも普段は従業員の出入りもなく、ほとんどの期間が無人なのだ。
 俺たちは、念の為周りを一周して無人であることを確認してから中へと侵入した。 通路沿いにうず高く積まれた車。
 遠くから見ている分には大したことがないと思っていたが、いざ近くまでくると圧迫感がすごい。
 油の臭いやゴムの焼けた臭いが充満し、アスファルトから照り帰る熱気でクラクラする……。
 そんな中、車好きのBが一際大きい声を上げた。
「すげぇ!! あれってフェアレディZじゃない!?」
 Bの指差す方向を見ると、無造作に積まれた車の一番上に、前面がべっこりと凹んではいるが、確かにフェアレディZの特徴を持った車が存在した。
 俺たちは頑強に重ねられた車を選んでよじ登り、そのフェアレディZを目指した。
 どうにかこうにか到着すると、Bが車内へと入り「すげー! すげぇ!」と興奮した様子で探索しはじめた。
 俺とAも、その辺の車の中に入ったりよじ登ったりして、大いに楽しんだ。
 しばらく駄菓子を頬張りつつ駄弁っていたが、Aがふと会話を切って目を細めたかと思うと、「やべ……! 人だ! 隠れろ!」と小声で俺たちに指示した。
 身を屈めてから、「どこ……!?」とAに問うと、「ほら……あそこの……あれ……?」と、Aは不思議そうに首を伸ばしてキョロキョロと辺りを見渡す。
「おかしいな……さっきはいたんだけど……」と呟いた。
 Aは普段からおちゃらけていたので、俺もBも、「どうせビビらそうと思って嘘をついたんだろう」と言って気にしなかった。
 それでもAは、「本当だって! 車の影からこっち見てたんだよ!」と大真面目な顔で食い下がっていたが。

 それからは、その廃車置き場改め、秘密基地に三人で集まることが日課になった。
 Aの挙動は明らかにおかしかったが、「また始まった(笑)」と受け流していた。 そんな日が何日か続いたある日、いつものようにAに「例の場所行こうぜ!」と声をかけたが、Aはこちらを一瞥したあと「俺もう行かない」と一言だけ言った。
 は? なんでだよ!? と俺とBで問い詰めるも、「行かないって言ってんだろ」の一点張り。
 痺れを切らしたBが、「もう行こうぜ!」と俺の腕を引っ張るので、納得がいかないながらもAを誘うのを諦め、二人で秘密基地へと向かった。
 道すがら「なんだよあいつ」「もしかして親にバレたとか?」などと言い合い、いつものように廃車置き場に立ち入った。
 いつもとなんら変わらないはずの廃車置き場。
 だが、なぜかその日は踏み行った瞬間、嫌な予感がして鳥肌が立ったのを今でも覚えている。
 きっと今日は二人だけだから、なんか変な感じなんだ……と自分に言い聞かせて、いつも通りの道順でフェアレディZ……もとい、秘密基地を目指す。
 Bが俺の前を行き、五、六台分ほど登ったところで、急に動きを止めた。
 いつも足がけにする白いバンの、ちょうど助手席側の窓に手をかけていたBだったが、中を見つめたまま数秒、止まっている。
「どうした?」と俺が声をかけると同時に、Bから「ぁ……」「わ……」など、声にならない声が上がったかと思うと、俺の目の前でBが下に落下していった。
「グシャ!」という鈍い音が聞こえ、少し間が空いてから事態を理解した俺は、パニックになりながらもBの元へ急いで降りた。
 Bは、「ひっ……ひっ……」と小さくうめいており、ふくらはぎは何かに引っかかったのか、バックリと割れてかなりの量出血している。
 俺はどうしたらいいのか分からず、しばらくその状態のBを見つめるしか出来なかった。
 そこからは、「Bが死んじゃう!!!」と叫んでいたこと以外、あまり記憶がないのだが、後から大人に聞いた話だと、俺がパニックになりながら大声で近所の人や通行人に助けを求めつつ、社宅の管理人室に駆け込んできたらしい。
 そうして救急車で運ばれたBは、左鎖骨と左腕の骨折、ふくらはぎの裂傷で数日入院することに。
 残された俺とAは、廃車置き場に立ち入って遊んでいたことを死ぬほど叱られ、母親には泣かれ、散々だった。
 そして、B不在の中、Aと廃車置き場の話をしたのだが、なぜ急に行かないと言い出したのか……。
 真相を知りたかった俺は、Aを問い詰めた。
 A曰く、初日からずっと、車の影から体半分を出してこちらを見てくるオッサンがいたらしい。
 それを俺たちに力説しても信じてもらえないことで、オッサンがA以外には見えておらず、死んだ人だとわかった。
 だから、もう行きたくないと言った……ということだった。

 それから数日して、痛々しい姿で戻ってきたBは、事故の翌日から旅行の予定があったのも全てキャンセルになったり、廃車置き場に立ち入ったことを叱られたりしてかなり凹んでいたが、それ以外は元気そうだった。
 退院後すぐは、Bはあの日のことを覚えていないのか、それとも話したくないのかはわからないが、何があったのかはいくら聞いても教えてくれなかった。
 廃車置き場は、安全対策を怠っているとしてかねてより近隣の住民からも苦情があったようだが、今回の件が決定打となり、フェンスと管理事務室が設けられ、常に有人体制を取るように。
 が、俺たちが中学に上がる頃には何度も火災が起きて、結局取り壊しになった。
 そして、廃車置き場が取り壊されて少ししてから、Bがあの日のことを教えてくれた。
「白いバンの運転席に死んだ女が乗ってて、驚いて手を離してしまった」 と。
 それがどのような「状態」だったのか、どうして死んでいるとわかったのか……。
 ついぞ教えてはくれなかったが、話しているBの体が小刻みに震えていたことで、鈍い俺にも容易に想像ができた。
 元廃車置き場は、30年近く経った今でも、田畑にもならず、建物も建てず……。
 荒れた更地のままだ。

朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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