連れてきた霊が連れていった話

 三年ほど前の話ですが、私の会社の同僚が退職することになり、送別会をしようということになった。
 同じ部署ということもあって、私を含めて3人が幹事をすることになり、ひとりは場所の予約と会計係、ひとりは当日の進行役、そして私は撮影係になった。
 送別会の場所は、いつも利用している古民家を改装した居酒屋で、仮に「おたふく屋」としておきます。

 この「おたふく屋」ですが、本当に1件の古い家屋をそのまま居酒屋風にしただけなので、一階は、キッチンの部分にカウンター席、広いリビングの部分にテーブル席が七つあるだけだった。
 二階は八畳と十二畳の和室で、襖で仕切られている。この襖を外すと広くなり、大人数の時でも利用できた。
 今回は、合計二十名ほどの送別会だったので、二階の十二畳の方の和室で予約を入れ、私は他にプレゼント品や花束などを用意して、当日「おたふく屋」に行った。
 玄関を入り、カウンターの前を通って、すぐ横の急な階段を上がると廊下があって、左側に12畳の和室の入口がある。
 部屋の戸は開いていたので、そこで靴を脱いで部屋に入ると、まだ誰も来ていなくて、取りあえず荷物を下ろした。
 その時、一瞬部屋の照明が消えびっくりしたが、すぐに点いたのでほっとしてまわりを見ると、入口から真正面にある「床の間」の右隅に、黒い影が見えた。
 私は照明が消えて暗くなり、すぐに点いたので、目が錯覚を起こしたのだろうと思い、パチパチと瞬きを繰り返した。
 すると、「床の間」の黒い影は、すぐに消えて見えなくなった。
 メンバーが集まり送別会が始まって、私は自分の担当である撮影に集中した。
 念の為、もう一人別の人にも撮影をお願いし、自由に撮影して頂いた。
 後でまとめて編集して、退職する愛さん(仮名)に渡そうと思っていた。
 主役である愛さんは、「床の間」の前に座っていたので、自然とみんなが順番に愛さんのまわりに集まり、私が写真を撮った。
 一枚、また一枚と愛さんを中心にまわりを囲むようにして、写真撮影をした。
 その時は、何も異常が無かったと思う。

 ところが、送別会の後半で愛さんに花束を渡して、お別れの言葉を頂いている時に、私がデジカメを向けると、再び異変に気が付いた。
 愛さんの真後ろの「床の間」の右隅に、またもや、黒い影が現れた。
 それが今度は、はっきりと人の形に見えたので、驚いて「あっ」と声が出そうになったが、愛さんが泣きながら話してる最中だったので、なんとかこらえた。

 私はデジカメから目が離せず、声も出せない状況だったので、ただそのまま固まっていた。
 その黒い人影は身体つきは男性のようで、恐らく「後ろ向き」に立っていたと思う。
 私はそれが人影であると認識できた途端、急に恐怖心に襲われ始めた。
 ガクガクと震えが止まらなくなり、そのままその黒い人影を見つめていた。
 我に返ってデジカメから目を離すと、その姿はスッと消えてしまった。
 まわりを見るとみんな愛さんに注目していて、泣きながら話す彼女に、「頑張れ」などと声を掛けていた。
 他の人には、あの黒い人影がまったく見えていないようだった。
 私は帰宅してすぐに、データをパソコンに移して確認したが、パソコンの画面で見る限り、あの黒い人影はまったくどこにも写っていなかった。動画もあったが、まったく異常なし。

 後日、もう一人の撮影者の分のデータをもらいましたが、そちらもまったく異常なかった。
 私は安心して編集作業を終え、ディスクにまとめてそれを愛さんにプレゼントした。
 しかしすぐに帰宅した愛さんから、驚きのメールが届いたのだ。
 内容は、「帰ってすぐに、ディスクをパソコンに入れて、見ようと思ったら、すぐに1枚の写真がデスクトップ一面にいきなり出てきて、その写真をよく見ると、自分(愛さん)のすぐ横に髪の長い女が白く薄っすらと立っている」というものだった。
​「髪の長い女……? 私が、見たのは、後ろ向きの男だったはず……」
 私は、驚いて、自分用にコピーしていたディスクをレコーダーに挿入して、テレビの大きい画面で確認した。
「あっ……」
 びっくりだった。
 そこに、居た。
 間違いなく愛さんのすぐ横に髪の長い女が、薄っすらと立っていた。
 そしてその白いのっぺりとした顔が、笑っている。
 編集の時には、まったく気が付かなかった。

​ それだけではなかった。
 もっと怖かったのは、花束をかかえた愛さんとその髪の長い女の間、あの「床の間」の右隅に、黒い男が居た。
 そして、前は「後ろ向き」だったのに、この時は横を向いていた。
 痩せこけた顔で、目だけを丸く大きく見開いて、怒っているかのように険しい顔をしていた。
 この一枚の写真にだけ、二つの霊が写り込んでいた。
 ちなみに愛さんには、髪の長い女しか見えてないようだった。

 見える時と見えない時があったり、見える人と見えない人がいたり、心霊写真の証明は時として難しい。
 しかし1度見えてしまうとロックオン状態になり、何度でも見えてしまう。
 私は怖くなり、すぐにディスクを取り出した。
 そして、引き出しの奥へとしまい込んで忘れることにした。

 それから半年位経ったでしょうか。
 夜、私は自宅の2階の部屋でレコーダーのダビング作業をしていて、空のディスクを探していた。
 不覚にも、あの恐ろしい霊の写り込んだディスクを再生してしまった。
 テレビの画面いっぱいに、また愛さんと髪の長い女が現れた。
「しまった」と思って停止ボタンを押そうとしたら、急にレコーダーが「ガタガタガタッ……」と大きく揺れ始めた。
 何が起こっているのか、まったく分かりません。
「ガタガタガタッ……」
 停止ボタンを押しても、まったく反応しない。
「後ろ向き」だった男は、真直ぐにこちらを睨みつけていた。
 画面の中の大きく見開いたその目と目が合った瞬間、その男の姿が消えて無くなった。
「あっ」と思っているとすぐにレコーダーから、黒い煙のようなものが出て私の目の端を横切っていった。
 私は金縛りのようになり、身体を動かすことができなかった。
 その時、一階で飼っていた猫のもの凄い叫び声が聞こえてきた。

「にゃーーーーー、にゃーーーーー、ぎぃゃーーーーーーーー」

 そして、続いて、家族の叫び声が。

「うわぁーーーーー」

​ いつの間にか黒い煙は消滅し、私の金縛りも解けていた。
 急いで悲鳴の聞こえた1階に行くと、飼っていた猫が急死していた。

 病気で弱ってはいましたが、すぐに死んでしまうような状態ではなかったのです。
 突然のことに、家族が大声で泣いていた。
 飼い猫が何かまずい状況から助けてくれたのでしょうか。
 それとも私の代わりに連れていかれたのでしょうか。まったく分かりませんでした。

 しかしあの男は、なんであんなに怒っていたのか。
 今となってはまったく分かりませんが、あの「おたふく屋」は現在も営業しており、人気があって二号店ができるらしいです。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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