迎えに来る

 今から3年程前の実体験です。
 当時、歴史好きだった私は某大手通販サイトのとあるショップで、家紋をモチーフにした小さなネックレスを見つけ、購入する事にしました。
 それは一見すると家紋だと分からないようなデザインで、花があしらわれ、吊り下げられた小ぶりのビーズが揺れる綺麗なネックレスでした。
 普段使いに丁度良さそうだったので、手元に届いてからほぼ毎日愛用していたと記憶しています。
 日頃は外出時のみアクセサリーを身に着ける程度の私には珍しく、お風呂に入る時以外は常に身に着け、眠る際もそのままにしていました。

 ネックレスを愛用し始めてどの位経った頃か、私は悪夢を見ました。正確な内容は覚えていません。しかし何か幽霊のような者がいた事と嫌な感覚だけが目覚めた後も残っていました。
 ただ、私は元々よく悪夢を見るタイプですので、さして気には留めていませんでした。
 いつもなら天災や事故に巻き込まれたり、恐ろしく高い場所から転落する、そんな夢ばかりなのですが、たまには心霊的な怖い夢も見るんだな、位にしか考えませんでした。
 ところがこの日を皮切りに幽霊の出てくる夢の頻度が増えました。3回に2回は内容も覚えていない幽霊の夢です。
 どんな人物が出てきたのかも、どういう遣り取りをしたのかもまったく記憶に残らないのに、確実に幽霊がいた事だけは感覚的に理解していました。

 更に数日過ぎても、相変わらず頻繁に幽霊の夢を見続けました。やはり内容は覚えていません。が、ある事に気づきました。
 ネックレスを外して寝た日は幽霊の夢を見ないのです。様子見で外していた数日間はただの一度も幽霊の夢を見ませんでした。
 とはいえ、ネットショッピングで手に入れた普通のネックレスです。アンティーク加工が施してあっても紛れもない現代の物で新品、いわゆる大量生産品に近いものでした。
 きっと偶然か気のせいだと楽観視した私は、とてもデザインを気に入っていた事もあり、何日か振りにネックレスを着けて、そしてそのまま眠りました。

 夢を見ました。
 私は職場の倉庫で一人、商品の在庫チェックをしているところでした。
 倉庫に隣接した売場からは同僚達の声が聞こえてきます。楽しそうなお喋りというよりは、不安げなざわめきのようでした。
 私のいる倉庫に同僚の女性Aが入ってきます。彼女が私に言いました。

「あのね、これから迎えに来るんだって」

「え? 誰が誰を迎えに来るの?」

 思わず私は聞き返していました。Aは困り切った表情をしています。

「迎えに来るのはYさん。誰を迎えに来るのかは、分からない」

 今度はこちらが困る番でした。
 Yさんという人物が誰を迎えに来るのか知らないけれど、どうせ私には関係ないし……みんな仕事しようよ。そう思っていました。
 再び在庫チェックに戻ろうとする私に、倉庫の入り口近くに立っていたAが声をかけます。

「……来た。Yさんだ」

 Aに促されて面倒くさがりながら渋々倉庫を出ると、そこに売場はなく、がらんとした会議室のような場所でした。部屋の入り口とは反対側の壁に沿って、同僚達が十数人、一列に並ばされています。

「何これ?」

 列の中程にAと並びながら、異様な光景にひそひそと反対隣の同僚Bに尋ねました。

「探すんだって。迎えに来た相手を、これから」

 は? 相手も分からず迎えに来るって事? 全然意味が分からない。Bの方を向いたまま呆気に取られる私の視界の端、ドアの小窓に人影が写り、静かにドアが開けられました。
 反射的にそちらを向いた私は絶句しました。
 部屋に入ってきたのは鎧兜を纏った白骨です。
 並んだ同僚達はみんな一斉に下を向き、顔色を悪くしていました。その様子に構う事なく、鎧兜の白骨はカシャカシャと小さく鎧を鳴らしながら、列の一番端に並んだ同僚の正面に立ちました。
 俯く同僚の顔を下から覗き込むようにしているのは、相手を確認しているからなのでしょうか。皮膚も肉もない剥き出しの骨には、当然眼球も入ってはいないというのに。
 2,3秒置いてゆっくりと顔を上げた白骨は、隣の同僚の前に移動します。そしてまた、先程のように俯く相手の顔を下から覗き込んでいました。徐々に、私の番が迫ってきます。
 ここに至ってようやく、私は自分が身に着けているネックレスの存在を思い出し、遅まきながら危機感を抱きました。
 怖いというより、マズイ事になった、と思いました。
 しかし幸運にも、私の2人程前の同僚の顔を白骨が確認している最中に、すっと私の目は覚めました。普段は忘れてしまう夢なのに、何故だか今日は全部覚えています。思わず枕元に置いてあるノートパソコンで、Yという名前を検索しました。
 Yさんという方は、実在の人物でした。非常に有名な武将さんの重臣として、長く家に仕えた方のようです。
 私の着けていたネックレスの家紋は、Yさんの仕えた家の家紋でした。
 ただし現在その家の家紋は変更され、当時の家紋は使用されていません。

 私はその日からネックレスを着けて眠る事をしなくなり、幽霊の夢も以来一度も見ていないのですが。
 今この話を書き込んでいる私の腕に鳥肌が立って消えません。冷房もつけていないのに背筋が寒いです。
 これって、まだネックレスが私の手元に残っているからなんでしょうか。

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