迷信

 初めて投稿させて頂きます。 
 分かりづらい部分があると思いますが、どうかご容赦下さい。 

 ――鏡に自分の寝ている姿を映すものじゃないよ。良くない事が起こるからね―― 
 物心がつく頃から、我が家で度々言われてきた言葉です。 
 正直迷信だと思っていました。
 あのような体験をするまでは。

 今から20年近くも昔の事。
 当時高校生だった私は、母と二人、古く小さなアパートに住んでいました。 
 そこは入居前に母方の祖父から「ここはあまり良い印象を受けないな。止めておいたらどうだ」と言われた物件でしたが、私の通う高校に非常に近く、家賃も手頃だったために母が入居を決めたアパートでした。 

 ある日、母に遠方まで行かなければならない用事が出来ました。
 家に戻れる時間を尋ねると、おおよそ深夜2時との返答です。 
 それならばいっその事現地に泊まってくればと提案しました。
 しかし外泊がとことん嫌いな母は断固拒否。
 途中までは方向の同じ知人に送ってもらい、そこから先はタクシーでも拾うから、あなたは先に寝ていなさいねと言い渡されました。 

 母が出掛けた日の晩。
 私は特にする事もなく自分の部屋でゴロゴロとしていました。
 が、段々と睡魔に襲われ始めたため、眠い目を擦って支度をし布団に潜り込みました。 
 そこでふと気づきました。部屋に置いてある姿見です。
 普段ならば鏡面に布を掛けてから眠るのですが、その日は強い眠気と億劫さでもはや布団から出る事が難しく、今日一日くらい大丈夫だよね、と布を掛けずに寝入ってしまったのです。
 寝姿を映してはいけないなど、どうせよくある迷信の一つだろうと。 眠ってからどれ程経った頃か、私は突然目を覚ましました。
 布団の裾を誰かが軽く叩いているのです。
 うつ伏せで寝ていた私の右足の横、布団の端をパタパタと掌で伸すような動きが伝わってきました。 
 まるで寝乱れた布団を直すような動きだったので、てっきり帰って来た母が私の様子を見に来たものだと思いました。
 何気なく枕元の目覚まし時計に目をやると夜中の1時。 
 あれ。2時って言ってたよね。早く帰って来れたのかな? いやいや、でも1時間も早く戻れるなんて……。 
 うつ伏せたままの私の頭に、疑問が浮かびました。
 後ろにいるのは一体誰なんだろう?

 もちろん声にも出していませんし、身動きだってしませんでした。
 それなのに、その後ろの「誰か」はぴたりと動きを止めたのです。 
 起きているのがバレた。直感でそう思いました。
 数秒の沈黙の後、その「誰か」は私の布団の周りを駆け回り出しました。
 小走りくらいの速さで、掛布団の縁に沿うように行ったり来たりします。
 なぜか私の視界に入らないギリギリの場所を、片仮名のコの字を描く状態で何往復もしていました。 
 私は金縛りに遭っている訳でもないのに恐怖で動けず、ただひたすら目を瞑っていました。
 もしもその時姿見を見ていたなら、あるいは走り回る何者かの姿を確かめる事が出来たのかも知れません。
 ですが残念ながら私にはその勇気がありませんでした。 

 気がつくとすっかり朝になっており、キッチンから母の気配がします。
 私は飛び起きて一番に姿見へ布を乱暴に掛け母の元へ駆け込みました。 
 昨日何時に帰って来たの? と尋ねると、やはり2時頃だったとの事でした。
 どうしたのと笑う母へ事情をすべて話しました。
 母は渋い表情で、その時間はまだ帰りの車の中。絶対に私じゃない。今晩からは必ず鏡面を布で覆って寝なさいと言われました。 

 あれから約20年、何度か引っ越しもしました。
 ですが必ず鏡台や姿見には布を掛けて覆い、決して寝姿を映していません。
 もしまた得体の知れない誰かが傍にやって来たら。
 そう考えると恐ろしく、迷信だろうなどと油断して、言いつけを破る気にはなれないのです。

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