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昭和異聞録 其ノ壱「蘇州二胡」

[ 序 文 ]

 父親が亡くなってしばらくの時が過ぎた最近、改めて親戚や友人・知人周りを

見てみると 戦前に生を受けた「お年若な紳士淑女」の姿が少なくなったと

改めて気づかされました。

自分は父方が関東系、母方が関西系なので、ある意味ハーフですw

小学校を卒業するまでは転勤族だったこともあり 友人・知人は各地に散らばっており

怪談・奇譚は各方面から色々聞かされていました。

 それならばと、昭和の時代前半に元気であった人々から聞かされた話や

その土地土地で仕入れた話を自分が知っている限り、記録してみようかと思い立ちました。

昭和の始まりと言えば2年、西暦1927年から昭和50年くらいまでの間に

体験した人から直接聞いた話を集めました。

記録文では味気ないので 今は亡き人々に語り部になってもらおうという趣向です。

文中に平成の世の人には見当もつかない言葉や物の名前が出てきますが、興味を持って

検索してみるのも一興かと存じます。

また、記憶をたよりの話なのであいまいな部分が多くなります。

「昭和異聞録」は時代が時代なので、現在では不適切とされる表現も含まれる場合が

あるかと思います。

その旨ご了承の上、お読み頂ければ幸いです。

――――――――――――――― ● ● ● ● ● ――――――――――――――

「 蘇州二胡 」

◉エイジ‥‥‥アキオの兄 自分から見て父方の祖叔父(おおおじ)

◉アキオ‥‥‥エイジの弟 自分から見て父方の祖父

語り部‥‥アキオ 

 あれは二・二六事件の前の年、昭和10年の長月のころの東京市(!)での話でね。

欧州大戦(第一次世界大戦)の騒動がやっと落ち着いてきたというのに

陸軍中央幕僚が、統制経済による高度国防国家たら言う進路を執りつつあった時代で

何やら世間はキナ臭かったが、当時7才のオレにとってはどうでもいいことだった。

豆名月の夜。 お月様へのお供え物を子供ばかりで語らって、そっと頂戴するのが

待ち遠しいばかりだったよ。

芋名月ではずいぶんと蒸し芋を手に入れたが、今回狙うのは饅頭や柿と決めていた。

長い棒の先に釘を打って、縁側に出されたお供え物を生垣越しに刺して引き寄せる。

成功した時の達成感と、美味いものにありついたうれしさはたまらないものだったよ。

お供えを盗られる方も、判ったうえで庭に出しているからね。

お供え物がなくなると「お月さんが 召し上がったねぇ」と、喜ぶ。

そんな子供だけの祭りだな。

この時ばかりは、夜に家を外にしても帰りが遅くなっても親は何も言わない。

町中の暗がりには3~4人組のはしこいボウズどもがあちこちにいるし、

家の中の大人たちは無くなったお供えを補充しようと外の気配に気を配っている。

街中がお月さんを拝んで外を見てるんだよ?

こんな日に住宅街をウロウロしているような泥棒はよっぽどさ。

 「戦利品を妹や弟に持って帰ればさぞかし兄としていばれるな。」

そう思ったオレは、だから兄キのエイジと二人きりで組んだ。

兄キはお供え物をとても上手に取る。

釘竿の作り方や上手な使い方を伝授してくれたのもエイジだったなぁ。

兄キは町の真ん中の家なんか狙わない。

町はずれの大きな裕福な家を狙うのだ。

その方が植木が茂って暗がりが多いし、庭に忍び込むにも隙が大きいからだ。

しかもお供え物はたっぷりある。

「お手伝いのいる大きい金持ちの家の方が、ちゃんと判っていて飼い犬も繋がれて

いるものだ。 半端にでかい家だとまず犬のことなんかかまっちゃいねぇしな」

兄キの言うとおりだなぁとオレは感心した。

持ってきたズダ袋2枚はあっという間にいっぱいになりかけてたもんなぁ。

 「いけね。もう亥時(午後9時過ぎ)か?」寺の鐘の音が聞こえる。

裕福な家はあらかた廻りつくしたと思っていたオレたちは帰ろうと踵を返した。

その時どこからか胡弓(こきゅう)の音が聞こえた。

自分たちの住まう近所にも 胡弓の手習いをしている人がちょいちょいいるが

そんな音とは違うのが、子供の耳にも判るくらい美しい音色だったよ。

孤高の月の下、高台から望むモノクロームの甍(いらか)の波は銀色に冴え返り、

灯火もまばらなでこぼこ道に落ちる自分たちの小さな影をよぎって

その音色は坂を滑るように下ってどこまでも漂っていくようだった。

「おかしいな? そこのお屋敷は空いてたはずだが 誰か入ったか?」

兄キはそう言って、すぐそばの大きな鏑木門の脇を覗き込んだ。

くぐり戸を軽く押したらふらりと開いたので、そうっと二人して入ってみた。

屋敷の中はどこもかしこも真っ暗だったが、南側の座敷と廻り廊下は

お月さんを拝むためか雨戸の閉まりがしてなくて 月の光が障子の裾を

まぶしいくらいに輝かせていた。

池の向こうは霜枯れはじめたススキの綿毛が群がっていて、暗い庭の所々が

にじんだようにぼうっと光っている。

枯草と弱々しい虫の音の間を縫って 奥から胡弓の楽の音が流れてきていた。

兄キがオレをつっつきながら指さすから なんだいと思ってよく見ると、

沓脱ぎ石のある廻り廊下にお供え物があった。

それは柿と豆と団子なんてものじゃあなかった。

柿はもちろん、梨や栗が盛ってあり、そばの大皿には見たこともないようなぴかぴかする

いろんな月餅(げっぺい)が山と積まれていた。

オレたちは釘棒をおっぽりだして 夢中になってズダ袋に詰め込んださ。

それでも入りきらない大きな月餅を兄キと半分こしてむしゃむしゃ胃袋に詰め込んだ。

オレなんざうれしさのあまり少しぼんやりとしちまったくらいだったよ。

 やっと気を取り直すと兄キの背中が庭の奥の方に忍び寄っていくのが見えたんで

追いかけた。

「兄ちゃん もう帰ろうよ」オレはそう言ったんだが

「ちょっと待てよ。 アレってなんだろうなぁ?」って顎をしゃくいあげる。

見るとそれは離屋(はなれ)らしかった。

母屋の日本家屋とは渡り廊下で繋がっているようだったが、石で畳まれた洋館だった。

レンガの洋館ならオレだって知ってた。

でも、石でできた建物なんてお役所とかそういうもんだろう?

巾も高さもそんなに大きくないが、カドがいくつかあった。

後からも一度見に来たことがあるんだが、太子様の夢殿みたいな八角形の建物だった。

その窓から弱い白い灯りが漏れていて、胡弓の音はそこから聞こえていたのさ。

兄キと手分けして木箱や大きな石を窓の下まで持っくると、ぐらぐらしながら

二人で中をのぞきこんだ。

暗い窓ガラスの中ほどに三寸ほど隙間があって、中の様子が見えたんだよ。

きっとカーテンをきっちり閉め切ってなかったんだなぁ。

 「胡弓じゃないなぁ?」真正面に短い中国服を着た女の子がいた。

髪をお団子ふたつに結って芙蓉の花が一輪刺してあった。

纏足(てんそく)の小さな足を軽く組んで、見たことのない細い楽器を

弓で奏でていたんだ。

胡弓は小さな三味線みたいなもんだが、オレが見たのは短い竹筒に棹が付いてるみたいな

真っ黒な楽器で、中国の仙人が持ってると丁度いいなとその時は思ったよ。

棹の先には蝶々が留まっているように見えたが、女の子が少し動くとカワセミみたいに

きらきらするから楽器の飾りなんだなと判った。

 うつむき加減の顔の唇がぽっつり紅なのも判るくらい、女の子の所だけがやけに

明るかった。

オレたちが覗いてる窓の上の見えない辺りに アセチレンランプでもあるのか

女の子の足元に向かって中折れ帽や山高帽に見える影や丸い頭と肩なんかが床に

ゆらゆら 伸びていて お客が何人かで女の子を取り囲むようにして

曲に耳を傾けている風だった。

 その曲を聞いているとな、なんとも言えず、胸をしめつけられるようだった。

深い深い谷の闇や湖の暗い底からお月様を見上げて泣いているみたいなその調が

仙人の楽器の上で踊る 白い細い指先から流れているようで

オレは自分の居る場所も忘れて聞き入っていたもんさ。

「なぁ なんか変じゃねぇか?」兄キの小声に夢を破られた気になったが、そういえばと

「うん、ここのお客さん 家の中でもシャッポを脱がないんだねぇ」って応えると

「そうじゃねいよ。 アセチレンランプの光ってこんなに揺れるか?」

「ランプが風で揺れてるんじゃないか?」

「窓が閉まってる家の中でか?」

そんときのオレは兄キが言ってることがよくわからんかった。

 丁度一曲終わったらしくて、音がやんだから オレは背伸びしても一度中を見た。

女の子が軽く頭を下げて、上げた。 目が合った。

表情は変わらなかったが目が少し笑ったようになって オレの頭には

「月餅 美味しかった?」って言ってるように見えた。

兄キはいきなりオレの襟首をつかむと足場から引きずり降ろしてしっと言ってから囁いた。

「帰るぞ」 跫を忍ばせて母屋の角まで来たとき、ふいに誰かに声をかけられたんで

飛び上がりそうになったよ。

「ボウズども お月さんの代理かい?」 大人の男の声が廻り廊下の影から聞こえてね。

帯から下の方は月の光で照らされて、めくら縞の着物だってことも判るんだが

上の方は屋根庇の影が射して何も見えねぇ。

その 上だけ斜めに真っ黒な男が言うんだ。

「なに、お月さんのお遣わしめだってなら、遠慮することはない。

 こっちに上がってもっとたんと 菓子でも持ってきねえ」

兄キが恐る恐る言った。

「悪かねぇけど もう袋に入らねぇし 遅くなると母ちゃんが心配すっから。

 小父さん ありがとう」

「そうかい? 欲がねぇな」

そのときだった。 オレは総毛立った。 兄キも身震いした。

影に隠れたそいつの顔辺りで 赤いぬらっとした大きなモノがちろっと動いたんだ。

何で真っ暗なのに赤い色が見えたかなんて知ったこっちゃない。

一目散にススキの中に突進して、ボロボロの生垣を突き破り

表に出ると坂道を転げるようにしてオレと兄キは物も言わずに駆け下りたのさ。

 家にたどり着くと、ズダ袋の立派な月餅を見て父ちゃんと母ちゃんは大喜び。

タライに湯を入れてくれて、兄キとオレは土埃を落としてからおやすみもそこそこに

布団の中に隠れちまった。

雨戸を降ろしてあるから暗い天井を見つめてじっとしていると 兄キが言った。

「おまえ 本当にあの離屋の中をおかしいと思わなかったのか?」

「おかしいって 何がさ。 ランプがゆらゆらしてるの そんなにおかしいかい?」

「ありゃあ違う。アセチレンはロウソクみたいに火がゆらゆらしねぇよ。

 それなのにあの影、伸びたり縮んだり左右にふれたりしてて 曲が終わったのに

 拍手ひとつ 話し声ひとつしなかった。 そんなのも変だ。」

「オレは廊下にいた小父さんが嫌だ。 あれは奇体だったねぇ」

「あいつらは化け物なんだ。 あすこのお屋敷は何か怖いことがあって

 人が寄り付かないって噂なのに なんで演奏会なんかのんきに夜できるものか。」

「ああ 行燈も提灯も灯りは母屋になかったね」

「あの離屋の灯りは鬼火なんだよ きっと。 あの女は亡者に曲を聞かせてたんだ。

 いずれ狐狸妖怪の仲間なんだよ」

「怖いね 兄ちゃん。 でもお化けがくれた月餅や栗はどうしよう?」

「‥‥‥神棚に上げてから喰っちまえばいいんさ」

 それからはしばらく、そのお屋敷あたりには近づかなかった。

年が明けた2月の末には、それどころじゃない事件が雪の日に起こって、その後は

もっともっと怖いことがたくさんあったからあの時の思いも薄れていったんだろうなぁ。

学校の先生に、あの不思議な楽器のことをそれとなく訊いたんだが

「それは蘇州二胡(そしゅうにこ)ですね。日本の胡弓とは大変よく似ていますが

 違う楽器ですよ」と、教えてくれたっけ。

あの優しい先生も結局南方から帰ってこれなかった。

 太平洋戦争に入る前の年に、例のお屋敷が火事を出した。

空き家だってことで盛大に水をかけたり崩したりしたって話だった。

焼け跡を見に行ったら母屋は真っ黒な炭になっていて 柱も残っちゃいなかった。

石造りの離屋は壁を残して屋根が落ちてたなぁ。

10畳ばかりの石の床の瓦礫の真ん中に 火に炙られたような椅子が一脚

ぽつんと置かれていたのが不思議だった。

焼け跡やよどんだ池に霧雨がゆらいでいたのが妙に泣けてきた。 

あの時の女の子と黒い男と客たちが何だったとか あの時あすこで何をやってたか

なんてこたぁどうでもいいんだ。

あの蘇州二胡が奏でた調を も一度聞きたいねぇ。

※蘇州二胡のイラストをホラホリインスタグラムに展示しました。

 興味をお持ちの向きはそちらもご覧ください。

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