再現

前の職場に自称霊感体質で怖い話をよくしてくれる先輩がいた。
一部の人間からは避けられていたが、怖い話が好きだった私はネタとしてよく話を聞いていた。

「ねぇ、西階段の四階踊り場に、幽霊がいるのって知ってる?」
「え、あの踊り場に幽霊いるんですか……」
仕事の合間を見つけたのか、先輩が久々に私の席に来たと思えば急に話を始めた。

「たまにいるんだよね、トイレの前からあの踊り場にかけて。誰かを探してるみたいにさ。
何年か前には、その幽霊に突き落とされて死んだ女性もいるみたいだから、気を付けた方がいいよ」
「気をつけろと言われましても……」
「そうそう聞いてよ。先週の休みにさ、知り合いの仲間と心霊スポットに行ったの。

そしたらさ、思っていた以上に悪霊がいてね」

「ほう」

自分の仕事に目をやりつつ、先輩の話に軽い気持ちで相槌をいれた。
「初めて心霊スポットに来た子もいたから、怖い話をちょっと聞かせて、

すぐ後ろにも幽霊いるよ~って言ったら泣いちゃってさ。他の奴らもびびっちゃって」
「かわいそうに。駄目ですよ、そういう所でふざけちゃ」
いつもの自慢交じりの話に呆れながらも、素直な感想を告げた。

数日後。
先輩の様子が目に見えておかしい、という噂を耳にした。

「皆さんいつも、あの人はおかしな人だって言ってるじゃないですか」
笑いながら聞いてみたが、どうやらそうことではないらしい。

さすがに気になったので、手の空いた時間に先輩の席まで行ってみることにした。

確かにいつもと様子の違う先輩がそこに座っていた。

何かにおびえ、髪も乱れ、何かをぶつぶつと囁いている。
正直なところ、さすがにこれは関わりたくないな、と思ってしまった。
しかし、無視をするのも悪いような気がして、いつもの気楽な雰囲気で軽く話しかけることにした。

「先輩、どうかしましたか?体調でも悪いんですか?」
ちら、とこちらをみて私を確認するなり、ずいっと身を寄せてきた。
「うわ、なんすか」
「聞いてよ、見えるの。最近見えるんだ。本当に見えるんだ。

こっちを見ているの、家の前の電柱からこっちをにらみつけて見てくる奴がいるんだ」
口を開いたかと思えば、まくしたてるように話してきた。

「ちょっと、待ってください。落ち着いてください、何があったんですか」
「最近、視界の隅に黒い影が見えるようになってたんだ。

それが日に日に人の形に見え始めて、今じゃ、あいつの表情さえも見えてしまう」
先輩は、周りをきょろきょろと探るように視線を彷徨わせている。
何が起きているのか気にはなるものの、助言できることが何もなかった。

「うーん、あまり気にしすぎちゃ駄目ですよ」

先輩の様子は日を追うごとにおかしくなっていった。
見るからに挙動不審で、急に思い出したように何かに謝り始めるのだ。

「先輩、お休みした方がいいんじゃないですか?」
少し内情を聞いていたこともあって、心配になり声をかけた。

「ああ、ちょっと聞いてもらえるかな。どうしよう、友達が死んだんだ。

私のせいだ。どうしたらいいかな、それだけじゃない。家でもだ。
誰かが夜の二時になるとインターホンを鳴らしてくるんだ。

もう嫌だ。ごめんなさい、私のせいだ。ごめんなさい……」

「お、落ち着いてください。何があったんですか?

それに、夜の二時にインターホン押されて困るとかって前から先輩言ってませんでしたっけ?」
「今までのは全部作り話なんだよ」
「え?」

今までの話の中に、作り話もあることは確信していた。
だが、全部が作り話だとここで打ち明けられるとも思っていなかったので、反応に戸惑った。

「この際だから言うけど、私は幽霊なんて見えなかったし、

怖い体験だって全然ない。ただ、皆が怖がるから、皆もおもしろいと思って」
何と返そうか言葉を選んでいると、先輩がそのまま続けた。
「でも、あの女の表情が見えるようになってから、身の回りで色んなことが起き始めた。
しかも、それは全部いままで私が出まかせで言ってた怖い話の再現みたいで」

ぞっとした。
先輩は何を言っているのか理解ができなかった。

「え、再現って……。前に先輩が話してた、夜にインターホンを押されて困ってるって話は嘘だったけど、

それが今実際に起こってるってことですか」
「それだけじゃない。前に、駅の近くの川で友達が死んだって話したこと覚えてるかな」
「ああ、仕事に疲れた友達が、そこで自殺したってやつですか?」

「そう、それも本当は嘘だったんだけど。

先日、友達から仕事の愚痴みたいな電話が来て、

電車の音が聞こえたから今どこにいるの?って聞いたら駅の近くの川で一服してるんだって話してて。

一通り話してから電話を切ろうとしたら、最後にバッシャーンって水に何かが落ちる音が聞こえたんだ。
それっきりその友達と連絡がつかないの。もしかしたら」

「待ってください、嘘の話に出てた人間にも被害が出てるってことですか?」

「現に斎藤さんも会社に来ていないじゃない。

階段から落ちて頭打って入院中でしょ?私のせいだ、意識不明のままきっと……」
「や、やめてくださいよ。斎藤さんは体調不良で、何日か休むって聞いてますよ」
「建前だよ。実際は違う。私がくだらない嘘なんかついたせいで、周りの皆が怪我や死んでいっちゃう」
「その話本当なんですか?建前って」

また冗談なのかとも思ったが、この状況で嘘をつくとも思えず困惑するしかなかった。

「上司がそう言ってたのを聞いたの。聞いた時は私も驚いた。どうしよう、どうしたらいい?」
悲痛で今にも泣きそうな顔で助けを求められるが、こんな事態は初めてでなんの手助けも出来ないと思った。
「安直ですけど、もうお祓いとかに行くしかないんじゃないですかね……」

数日後、先輩は会社に来なくなってしまった。
会社だけの付き合いだったので連絡を取ることもできなかったが、上司曰く音信不通らしい。

階段から落ちたと言われていた斎藤さんは、先輩が来なくなった三日後くらいに会社に顔を出した。
自分の体調不良から、子供まで熱を出してしまったので看病も含め、二週間ほど休んだようだ。

出任せの怖い話が、現実に再現されていると先輩は言っていたが、どこまでが本当だったのかは今ではわからない。
先輩にとっては本当だったのかもしれないが、現実は違かった、ということなのだろうか。

朗読: りっきぃの夜話
朗読: 繭狐の怖い話部屋

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