記憶に存在しない人

初めに言っておくがこの話は内容が複雑で、 文章では伝えづらい。

そして結末というか、決定的なオチも無い。

だが実際に自分が体験したありのままの事実なので、興味がある人だけ読み進めてほしい。

今から10年前。

高校を出た俺は、中部地方の大手グループ内の某会社に就職した。

営業の仕事をしていたんだけど、その会社はやり方が強引でクレームは日常茶飯事。

終いには立入調査が入ったりと、 今思えば結構ヤバい会社だった。

同期が次々に飛んだり辞めていく中で俺はなんとか続けていたんだけど、

結局は会社のやり方に嫌気がさして辞めてしまった。

20代に入ってからの時間の流れは本当に早いもので、

あっという間に月日は経ち、 今では当時と全く関係のない仕事をしている。

10年前のことなんて思い出すことも無くなっていたそんなある日、 当時の同僚のA君からメールが届いた。

「久しぶり!元気にしてるかな?B君が結婚するって聞いた?」

B君は当時の同僚で彼はその会社を辞めてから飲食店で働いていたが、

その後全く連絡を取っていなかったので、 当然結婚することも俺は知らなかった。

A君もB君と連絡を取っていた訳ではなく、 同じく当時の同僚のCさんから結婚のことを聞いたらしい。

(Cさんと俺はお互い連絡先を知らない。)

どうやらCさんの提案で当時の同僚でお祝いのコメントを集めて送りたいとのことだったので、

俺は懐かしい思い出エピソードとともにお祝いの言葉をA君に送信した。

”あのB君も結婚か。気づいたら俺らもいい歳だしな…。”

久しぶりの当時の同僚からの連絡で、 俺は当時の事を思い出してしばらく懐かしい気分に浸った。

それから一週間後、またA君からメールが届いた。

「あのさ、Dさんって覚えてる?Cさんから連絡があって、

その人が◯◯君と連絡取りたいらしいんだけど…連絡先教えてもいいかな?」

…Dさん? 正直、全く記憶に無かった。

10年前の事とはいえ、さすがに当時の人の名前を聞けば顔は思い出せるが、全く聞き覚えがない。

誰なのか分からない事をA君に返信すると、

「実は俺も覚えて無いんだよね…。 どうする??やめとく…?」

A君も知らないということに多少戸惑ったが、 その時は深く考えず、

誰なのか気になったので連絡先を教えておいて欲しいとA君に返信した。

次の日、そのDさんという人からメールが届いた。

「Dです、◯◯君お久しぶりです。私のこと、覚えていますか??」

少し迷ったが正直に覚えていないことを伝えると、当時どの部署に居て、

誰々のもとで働いていて…などと説明の返信があった。

話によるとDさんは当時の自分たちの同僚だが、 たまたま”B君の結婚相手の地元の後輩”にもあたるらしい。

ちなみに自分と連絡を取りたかった理由は、

「B君は寡黙な人で、過去のことを語りたがらないそうです。

先輩が心配しているので、当時B君と同じ部署だった◯◯君に

あの頃のB君の様子や人間関係を代わりに教えて欲しい」

とのこと。

(それはそれで怖いなーと思った。)

B君は、飲食店を辞めて今は九州地方に引っ越したらしい。

そんな感じで、話せる範囲のB君についての話題を含め、

当時の事をメールでやり取りしていたんだけど… 何か、おかしい。

Dさんが言う当時の会社や人物の情報は大半は間違っていないんだけど、微妙にズレてる。

例えば当時平社員だった人がDさんの話では部長だったり、

電車通勤していた人のことを車通勤だったと言ったり、

自分が辞めた頃には無くなっていた店舗をその後も存続していたと言ったり。

言ってみれば、パラレルワールドの住人と話しているみたいな感覚。

映画でよくある、 ”過去に戻ってしまったがために、現在が少し変わってしまった” みたいな感じ。

でもまあ最初は、 ”10年前の事だしDさんの記憶が多少曖昧になってるんだろうなー” くらいに思っていた。

そんなこんなでやり取りを続けていたんだけど、 深く話していくに連れて疑問に思う内容が増えていった。

誰から見ても真面目だった人の事を、

「あの人は周りからもお客さんからも嫌われていましたよね。」

とか言い出したり、 途中で全く脈絡の無い話題を挟んで来たり、 同じく脈絡の無い画像を送って来たり。

極め付けに、もともとの目的であるB君についての情報があまりにズレている。

Dさんの言うB君の特徴が、俺の知っているB君とは全くの別人…。

あまりに意味不明なので、 ”もしかしてこれは何かの宗教の勧誘?もしくは新手の詐欺…?”

なんて思ったが、 それらしい情報は探ってこないので恐らくそうではないらしい。

しかし、どうも怪しい。

そう思った俺は、当時の会社の先輩や同僚に連絡をしてみることにした。

「お久しぶりです。実はCさんとA君伝いで連絡があったのですが、Dさんって覚えていますか?」

5人に連絡してみたところ、

「誰それ??覚えてないんだけど…。」

全員、そんな返事だった。

Dさんはよほど存在感が無かったのだろうか? 忘れられているだけ?

もう5人ほどに連絡をしてみたが同じく、

「Dさん?そんな人居たかな…。」

何度も言うが、10年も前の話。

当時の事を事細かに覚えている人なんて、 そう居ないだろう。

けれど10人以上の人間が誰も覚えていないなんて、明らかにおかしい。

Dさんって誰…? そもそも、Dさんなんて実在するのだろうか。

最初は不思議なやり取りに対して色々な意味で正直ワクワクしていたが、

日に日にそれは得体の知れない恐怖に変わっていった。

そしてその頃から、Dさんからのメールはそれまで以上に不気味さを増した。

こちらの返事を待たずに意味不明な内容を連続で送信してきたり、

支離滅裂な文章や事実とのズレはさらにエスカレート。

とてもここでは書けないような発言もあった。

あまりに気味が悪いのでもう返信をやめようと思っていたとき、こんなメールが届いた。

「私もB君と直接話してみたいので、連絡先を教えてください。」

直接連絡をしてしまったら本末転倒なのでは?

いや、そんなことは今さら大した疑問ではなかった。

俺は、いよいよB君に連絡した。

途中で何度かB君に連絡しようとも思ったのだが、正直ためらっていた。

何か嫌な予感というか、真実が見えてしまいそうで怖かったのかもしれない。

「突然ごめんね!当時一緒に働いていたDさんって覚えてるかな?

その人がB君と連絡とりたいらしいんだけど…」

ここまで来ると、心の準備は出来ていた。

返ってきた答えはやはり、

「誰のこと?全く記憶にないんだけど…。」

もしかして…と思いB君に尋ねた。

「確認したいことがあるんだけど… B君は今度結婚するんだよね?

Dさんは、B君の結婚相手の地元の後輩でもあるらしくて。

で、Dさんから聞いたんだけど今は飲食店を辞めて九州に居るんだよね?

変なこと聞くけど、これは事実だよね…?」

嫌な予感は的中した。

「…全部嘘だよ。そもそも結婚なんてしないし、今もずっと飲食店で働いてるよ。

それに、引っ越しもしていないし…。」

B君からの返信を読んだ俺はゾッとした。

”背筋が凍る”というのは、きっとこんな感覚なのだろう。

とにかくDさんには、

”B君の連絡先が変わっていた” と嘘をつくことにした。

しばらく時間が経って、俺は考え方を変えてみることにした。

もしかして、Dさんは何か勘違いをしているだけではないだろうか。

俺の知らない他の誰かのことをB君と間違えていて、単なる人違いだということでは?

いや、そうであって欲しかった。

それを確かめるため、Dさんに尋ねた。

「実は、Dさんの言うB君の特徴と自分の知っているB君があまりに別人なんだよね…。

人違いってことはないかな?? 確認したいから、B君の画像を先輩から貰って送ってくれないかな?」

「いえ、B君で間違いありません。

ごめんなさい… 先輩とは最近連絡を取っていなくて。

ただ、検索したらこの画像が見つかりました。」

連絡を取っていない?

その言葉は引っかかったが、それよりも、 とにかく送られてきた画像を確認した。

まぎれもなく、自分の知っているB君だ。

B君は某チェーン店の店長なので、HPに画像が載っており、Dさんはそれを見つけたらしい。

とにかく、B君で間違いなかった。

しかしその後すぐに送られてきたDさんからのメールを見て、俺は再び背筋が凍ることになる。

「ちなみにこの人は私の言っているB君ではありません。同姓同名ですが。」

頭がおかしくなりそうだった。

「はっきり言うけど…この人が自分の知っている、当時一緒に働いていたB君だよ?」

「どういうことですか?私の知っているB君ではありません…。」

どういうことですか…?

それはこっちの台詞だ。

気味が悪くなった俺は、A君に連絡をした。

Dさんとのやり取りが意味不明なこと。

Dさんのことを、当時の関係者が誰も知らないこと。

それを含めて、CさんにDさんのことを聞いてみて欲しいと頼んだ。

Cさんなら、何かを知っているはず。

当時の関係者から何ひとつ情報を得られなかった今、最後の望みはCさんだった。

少しでもこの憂心を晴らすことができれば…。

そんな俺の期待は、A君からのたった一行の返信で裏切られることになる。

「あの日以来、Cさんと連絡がとれない…。」

もう、ワケが分からない。

少しヤケになった俺は思い切ってDさんに直接疑問をぶつけてみることにした。

とにかくCさんとの関係が一番気になっていたので、

それを含めてそもそも誰を伝って自分の連絡先を聞いたのかを確認してみた。

「Cさん?その人の事は知りません。私はA君から直接◯◯さんの連絡先を聞きましたよ?」

この人は何を言っているんだ…?

そのA君は、Dさんなんて記憶にないと言っている。

ここで、俺はDさんへの返信をやめた。

意味不明なやり取りに精神的に疲れてしまい、これ以上の追求は諦めることにした。

もう、どうでもいい。

しかし、なぜか拒否設定をするのは怖い気がしたので、放置をすることに決めた。

あれから数週間。

精神的にも安定してきたので、この出来事を改めて冷静に振り返ってみることにした。

これはあくまで俺の勝手な仮説だが、 Dさんの正体は、Cさんだったのではないだろうか?

恐らく何かの理由でCさんは統合失調症のような精神病を患い、

過去の記憶と現在の妄想をつなぎ合わせ、 自分だけの”世界”を創りあげた。

なぜ自分との繋がりを求めたのか?

それは考えてみても分からない。

もしかすると、助けを求めていたのだろうか。

自分はどうすれば良かったのか、未だに分からない。

とにかく、これが自分が体験した不思議な出来事の全てである。

長文に付き合ってくれた人たちは、本当にありがとう。

いつか真実が分かったら、何かの形で報告したいと思う。

今でも、Dさんからのメールは続いている。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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