私には霊感というものがない。
そういった怖い体験を実際に経験した事も
昔や今を振り返ってみても全くもってない。
だからか
生きてきた中でそういった不可思議な事に直面したことの無い私にとって、怪談とは想像する恐怖を与えてくれる、最も身近な恐怖だと考えている。
ただ話に耳を傾けて、想像するだけで霊感の無い私でもヒヤッとする恐怖を味わう事が出来るのだ。
だから飽きること無く怪談を聞き続けた私は今の歳までずっと怪談は大好きで、怖いもの見たさの好奇心も未だ衰える事が無い。
今回もそんな私が”聞いた”中で、少しゾッとしたお話を書きたいと思う。
夏も暮れかけて、夜になればしっとりとした風が吹くようになって来たその日の夜。
家の玄関を乱暴に開く
ガラガラ、バン!!
と言う騒音とともに、私が寛いでテレビを観ていた居間に駆け込んできたのは、
血相を変えた姉だった。
『なに〜?どうしたん?
めっちゃ早く帰ってきたなぁ?』
先ほど、意気揚々とした叔母に連れられ
犬の散歩に出かけた筈の姉が、息を切らせて必死の形相で居間の入口にたっている。
「⋯⋯」
ただ、無言を貫き通すばかりで息を整え終わっても何も喋らない姉との空間に、
少し遅れて引き攣ったような顔をした
叔母が姿を現した。
『え、なになに?どうしたん?』
首だけ動かして、姉の方を向いていた体制を変え、身体の向きを姉の方に向けて私は興味津々とばかりに姉と叔母を交互に見る。
先程まで熱中してみていた二時間ドラマなんて、最早眼中には無かった。
「ヤバいヤバい」
未だに無言の姉とは違い、叔母は少し興奮したように冷蔵庫から麦茶を取り出してガブガブと飲み干してから言った。
『どうしたん?』
三回目の疑問符を今度は叔母にぶつけると、叔母は少しテンションの上がった声で早口でまくし立てる。
「出たんやって!女の人!ヤバいは、マジで。
私は見てないけど姉が見てん!
家の近所!裏っかわの通りの所!」
怖っ〜!ヤバいは〜
と繰り返しヤバいヤバいを連呼した後、いまいち状況を理解していない私を置いて、早々に2階に上がる叔母。
説明するなら説明するで、もう少しマシな説明は出来なかったのだろうか。
『え?結局何があったん⋯?』
叔母の興奮冷めやらぬといった態度を見て、ある程度落ち着きを取り戻したのか、
姉が漸く、話し出してくれた。
「⋯⋯最初は普通に散歩しようってなってたんやけど⋯。
私あんまり散歩に乗り気じゃなかってさ⋯家の裏の住宅街を、何回かグルグル回るだけにしようってことになってん。」
最初は、犬を連れた叔母に促されるがまま
ただ付いて行っていた姉も⋯夜も更けあまり歩きたくないという面倒くささもあり、急遽ルート変更をお願いしたのだそうな。
「それで、のんびり家の裏の通りを歩いててん。
ぐるって普通に一周して、2週目周り始めようって角まがった時にな?
そん時に、ホンマになんとなくやねん。
何となくカーブミラーを見たんよ。
そしたら、叔母さんを追っかけてる女の人の姿がカーブミラーに映ってて⋯。」
犬を連れた叔母と、その少し後ろをついて歩く姉。
その間に挟まるように叔母の後ろにピッタリとついて歩く⋯見たことも無い女の姿。
ビックリして前を向いても、カーブミラーに映っていた女なんて勿論居るはずがない。
そこで姉は、自分はまた見ては行けない者を見たのだと悟ったらしい。
そういったものが苦手な姉の恐怖が、始まった。
「めっちゃ怖くなって、叔母さんにはよ帰ろってひたすら言ってた⋯。」
予想通り、姉は怖くなりまだ歩き始めて数分だと言うのに、叔母に帰ろうと頼んだらしい。
まぁ、確かに怖いわな⋯と思った。
居るはずなのに見えない者が、叔母の後ろ⋯自分のすぐ前をついて歩いている。
それも、見えていない今でもそうかもしれないと考えると⋯怖い筈だ。
「最初は勿論聞いてくれへんくて、少し歩いてたら、ホンマにそんな女の人見たんかなってなって⋯。
⋯でも居たんよ。」
私達の住む家の裏手の通りには、幼馴染のY家族が住む家がある。
そのY宅から道路を挟んだ向かい側には個人経営の理髪店があり、家に帰るにはその理髪店の前を通らなければならない。
[図]↓(分かりにくいかも。)
道 私家 道 家家 道 家家
路 家家 路 家家 路 家家
道 家 Y 道 髪家 道 家家
路 家家 路 家家 路 家家
道 家家 道 家家 道 家家
路 家家 路 家家 路 家家
↑
犬
叔母
姉
「⋯もう夜遅かったし、理髪店も閉まってて⋯電気ついてなかってん。
あそこってさ、横ガラス張りやん?
だから、店内が暗いと私らの事反射して映すねんけど⋯。」
案の定、それに映ったのだという。
それも、今度はくっきりハッキリ見間違えようのないくらいしっかりと。
「しかも叔母さん⋯その窓でいきなり身だしなみとか見始めて⋯。」
自分たちの姿を映す鏡と化したガラス窓の前、叔母は立ち止まり服装の有無を見始めたのだという。
しかし姉は気が気じゃない。
さっきまで早く帰りたかった原因の女が、窓越しに叔母のすぐ隣に立っているのだから。
「⋯もうほんま怖くて怖くて⋯
半泣きで帰ろうって何度も頼んだら、漸く帰ってくれてん⋯。」
そうして冒頭に戻るのだという。
『すげぇやん!!!どんな女の人やったん?赤い服きてた?黒髪?ボサボサ?貞子?』
「⋯いや、普通にどこにでも居そうな人やった。」
その女は、鏡にしか映らないという以外何もおかしな所は無かったという。
『えぇ〜⋯白いワンピとか着てなかったん?』
「⋯普通に、最近の女の人が着るような服きてたで。」
『マジか。』
現代服の女。
目的も正体も何も分からず、ただ叔母の後ろをひたすらに付いて来ただけということしか分からない女。
この時私は、映画などで見るような女の幽霊はあまり見ないのだな〜と呑気に思っていた。
それと同時に、なぜ姉がそこまで怖がるのかいまいち理解出来なかった。
相手が幽霊であれなんであれ、ただ鏡越しに見えてしまう見た目はただのそこら辺にいそうな女の人。
ホラー映画定番の恐怖要素が皆無である。
『ってか、あんま怖くなくない?
姉がそんなにビビるまで怖いとは思わんけどな〜』
「は?、嫌々普通に怖いやん。
家の前まで着いてきててんで?気配。」
『え』
「それに、あの女の人⋯鏡越しにひたすら叔母さんの事見ててさ⋯。
理髪店のガラス越しに叔母さんは自分の事見てたけど⋯あの女の人、叔母さんの隣でガラス越しに叔母さんの事見てた。」
その言葉を聞いて、一瞬のうちに鳥肌が立ったのを覚えている。
女の気配を、家の前までずっと感じていたという姉。
なら、姉に急かされ家に入る叔母の事を⋯⋯その女はその時もまだ、見続けていたのだろうか。