ひったくり

東京・新宿から私鉄の京王線に乗り6分の位置にある代田橋駅。
駅に小さな商店街はあるものの活気はなく、そこを抜けると人気の少ない住宅街となる。
今日はここで一仕事するとしよう。
タバコに火をつけようとポケットのジッポーを探すが見つからない。まだお金に余裕があった時代に買った、特徴のある飾りが付いたお気に入り。
家に忘れたか?最近モノをよくなくす。

 

俺のは“仕事”と言っても人に誇れるものではない。単なるひったくり。
人生色々あるもので一時期は自分のルックスを活かしモデルなんかもやっていた。熱狂的なファンも数人はいた。しかし、人より光るものが無いまま35歳を過ぎ世間から見放された。
大学在学中にスカウトされ、光り輝く世界に必要とされた事実に気分が高揚し、勢いで中退してしまった自分。
そんな俺がモデルを辞めた時に出来ることは何もなかった。
ある日ちょっとした出来心で成功してしまったひったくりを生業として生き始め1年。現在36歳のひったくりだ。

 

本当に色々あったなと考えながら、しばらくぼーっとしていると、30代半ばの女性が高級ブランドバッグを腕に携え駅から出て来た。今日はこの女性のバッグを狙うとしよう。

 

彼女は商店街を抜け人の往来が少ない路地に入って行く。
俺は徐々に歩く速度を上げて行く。
気付いたのか?彼女の歩く速度もそれとなく上がっている気がする。
差を詰め5メートルまで近付いた瞬間、36歳の自分が出せる最高速度で駆け…バッグを取ることに成功。
特に騒ぐ声などは聞こえない。驚いて声も出ないのか?
そのまま10分走り続け、誰も来ないであろう静かな場所を見つける。
はやる気持ちを抑え、少しだけバッグを物色し始める。いくら入っているのか?今日は美味いものが食えるのか?
漁り始めてすぐ、異変に気付いた。
黒のキャップ・ゴツめの時計・サングラス
財布こそ女性が持っていそうなタイプだが、女性物に混ざって男性ものがちらほら入っている。
そして…特徴的な装飾がついたジッポーを見つけた。これは…俺の?自分の名前のスペルが彫られている。間違いなく自分のジッポーだ。
よく見るとほかの男性ものも全て自分のものだ。

「え?どうして?」

思わず声が出た。その瞬間頭に激痛が走る。

 

「あなたをずっと見ていたの」

朗読: 繭狐の怖い話部屋
朗読: かすみみたまの現世幻談チャンネル

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