母の声

この話は10年以上前、私が小学3年生頃の話です。

私がその時住んでいた家は西洋風の大きな扉でとても重くいつも両手で開けなければならず 閉める時も

「ガシャン!」と大きな音がして誰が帰ってきてもすぐにわかりました。

 

ある日の学校の帰り、家に着くなり尿意を感じ急いで玄関から近いトイレに駆け込みました。

駆け込むその時に母とすれ違い

「今からお買い物行ってくるね。おじいちゃんと留守番お願い」

と 声を掛けられました。

 

私は返事をしながらドアを閉め、便座に腰を下ろしたと同時に

ガシャン!」と音が聞こえ 出かけたのだなと思いました。

 

それからトイレを済ましズボンを上げようとしたその時に不意に外から

「○○~何してるの?置いてっちゃうわよ~」と母の声がしたのです。

 

今にして思えばどうしてかはわかりませんが、その時の私はパッニク状態でした。

母に置いてかれてしまう!! 急がないと!! 嫌だ!! 行かないで!! とそんなことを考えてました。

ですが、そんな時に限ってズボンが上手く上げられず、チャックでもたつき私は半泣きでした。

 

何とか身支度をし外に向かって

「まって!! 行くからすぐに行くから!! 置いてかないで!!」

と 半ば泣き叫びながらドアノブに手をかけました。

 

冷たい。

ドアノブがまるで氷の中に手を入れたように冷たかったのです。

 

ステンレスのドアノブでしたから多少は冷たいかもしれませんが

それとは比較にならないぐらい本当に冷たかったです。

そこから私の頭は急激に落ち着き、そしてとても怖くなりました。

母はあの扉を開けて出かけたはず、仮に忘れ物をしたとしても扉の音を出さずに 入るのは不可能。

 

今、扉の外にいる母は、誰?

私はドアノブを握ったまま冷汗がとまりませんでした。

 

どの位そうしていたかはわかりませんが、不意にドアノブが暖かくなったのです。

ずっと握っていても冷たいままだったドアノブが。

私はもう大丈夫だと急に思い、ゆっくりトイレのドアをあけました。

 

誰もいませんでした。

 

私は急いで祖父の部屋に行き、母が帰ってくるまで祖父とテレビを見てました。

あれが何だったのかは未だにわかりませんし、家族にも話したことはありません。

 

ですが、時々思うのです。

あのままドアを開けていたら、私は今ここにいられたのかと。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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