父(実話)

あれは娘が小学校に入り私がPTAの安全委員会の委員長をやっていた時の事です。

 

私は多発する不審者情報を受けて、夜に一人車を運転して学区内を巡回していました。

ふと見ると歩道から私の車に向けて手を振る人影を見つけました。近づくと父でした。

父を助手席に乗せて車を停めたまま話をしました。

「どしたんね? こんな夜に」

「お前と久しぶりに話がしとうてのぉ」

父とは懐かしい出来事や近況を話しました。

元々口数の少なかった父は、それをうんうんとうれしそうに聞いてくれました。

 

「そろそろ時間じゃけぇ、ワシは行くのぉ。出港の時間が来るけぇ」

父は車を降り、手を振って私を見送ってくれました。しかし、その途端思い出したのです。

そう、父は25年前に原爆症で亡くなっていた事に。

 

何故、それに気が付かずに普通に父と話をしていたのか、未だに分かりませんが、事はこれで終わりませんでした。

私はさっきの父は幻覚だったのかと考えながら見回りを終えて帰宅しましたが、そこで次の朝まで記憶が途切れています。

 

これは家族に後から聞いた話です。

帰って来た私は急に固定電話を取って誰かと会話をしていたそうです。

こちらから掛けたのではなくまるで掛かって来た電話を取ったとでもいうように……

「うんうん。そうなん。分かった。今から行くけぇ」

電話を切ってから私はちょっと出て来ると言って外出しようとしたそうです。

うちの人が変だと思い問いただしたそうです。

「父さんが港におるんよ。一緒に船で旅しようって。父さんが待っとるけぇ、ちょっと行ってくるわ」

そう私が答えたので娘と一緒に抑え込んで無理やりベッドに入れたそうです。

その日から何日か、港で父が待っているからと出ようとしたそうですが、どの日の事も覚えていません。

今はそんな事もないのですが、これは私の精神障害が引き起こした物でしょうか?

もし港に行っていたら私はどうなっていたのでしょうか?

いや、これが事実だったらあの父は本当に父だったのでしょうか?

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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