山の中で

昔っから家族で旅行が好きでした。

特に私は、幼少期から祖母に連れられて近くの山に登っていたため、山や森が大好きです。

その上、見知らぬ場所だろうと一人でどんどん突き進んで行くような猪突猛進な部分もあり、よく親に怒られていました。

 

案の定、あの旅行先でも、私は一人で森に入り、迷子になりました。

雑木林へ入っていき、気が付けば、周りに家族も他の人もおらず、獣道のような場所にいました。

恐らく、森の奥にいたのだと思います。

鳥の鳴き声がギャーギャーと響いていました。

辺りを見渡しても、人も家もありません。

最初はなんて事無く、へっちゃらだと思っていたのですが、
一時間くらい歩いていると、流石に心細くなりました。

当時は10歳程で、登山用の装備も携帯も何も持っておりませんでした。

昼間だったので空元気を保っていましたが、夜になっていたらと思うと、今でもゾッとします。

 

そうして彷徨って途方に暮れていると、近くでガサガサっという音がしました。

驚いて振り向くと、数メートル先に、一頭の鹿がいました。

角がなかったので、牝鹿だとおもいます。 牝鹿は、私と目が合うと、ピョンピョンと跳ねるように逃げました。

動物好きの私は、寂しさも忘れ、初めて見た野生の鹿に会えたことが嬉しくて、追いかけました。

私としては遊んでいるような感覚でしたが、
その鹿からすれば、たまったものではなかったでしょう。

十分程追いかけっこをし、気がつくと、観光客の列が見えました。

そして、森の外が見えました。 戻ってこれたのです。

私は鹿を探しましたが、もうどこにもいませんでした。

 

その後すぐに家族が現れ、当然、大目玉を食らいました。

警察沙汰になりそうだったのですから、当たり前ですよね。

鹿の話をしましたが、「あの辺りに鹿は住んでいないはず。」と言われ、信じてはもらえませんでした。

 

偶然だったのかもしれませんが、あの鹿のお陰で、私は森から出ることが出来ました。

今でも、あの鹿には感謝しています。

朗読: 繭狐の怖い話部屋
朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる