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鬼胎

かれこれ、自動車を専門とする小売業のいちサラリーマンを勤めて、10年の年月が経った。

大手企業であるが故、全国に点在する店舗間の移動による転勤も、決して珍しい事ではない。

ここに、半年間だけ出向する事となった、とある勤務先で体験した不可解な出来事を綴ろうと思う。

当時、同企業は、店舗にもよるだろうが、早朝から深夜まで、営業時間外の勤務時間も非常に長く、ほぼ毎日会社に缶詰めとなる、いわゆるブラックな店舗も多く、移動前の勤務先も、例外ではなかった。

しかし、新たな移動先の店舗に至っては、閉店時間を過ぎてからまもなく、早い時間に帰宅が出来る、店舗スタッフにとってはとにかく優良な店舗であった。

俺は勤め始めこそ、その楽な環境に甘えて居たものの、店舗の規模に対する売り上げの低迷が気がかりとなり、ほとんど手の加えられていない売り場に、営業時間中では行えない大掛かりな改善が必要な旨を、W店長へ相談した。

ところがW店長は顔を曇らせ、少し血の気が引いた様な表情で

『ありがとな。俺もそんな事は分かってる。分かってるんだ。。だけどな。。。

…ぶっ飛んだ事聞くけどさ、J(俺)、お前さ、幽霊とかオバケとか信じるか?』

苦笑いをするW店長に『はい?』と少し拍子抜けをしてしまったが、その後、W店長の表情が真剣になる。

W店長『ここなぁ、良く子供が出るんだよ。小さい男の子。夜中の真っ暗な売り場にも関わらずな。はは。笑えるだろ?だけどな、見てるのは俺だけじゃ無いんだ…。』

W店長の表情は、悲しげでもあり、悔しげでもあった。

当時、店舗のスタッフは17名、うち、実に14名のスタッフから、22時以降の時間帯を皮切りに、頻繁に目撃情報が上がったのだと言う。実際に霊障による何かがある訳ではないのだそうだが、スタッフ全員が気味悪がって、その件に関しては誰も話したがらない。

店の経費を使って近くの寺の住職によるお祓いは一度したそうなのだが…。

俺は何か背筋に冷たいものを感じた、が、当時仕事の達成感だけが快楽だと染み付いてしまっていた自分にとって、不甲斐なく感じる気持ちの方が強かった様に思う。

ある時の営業会議、社長を含めた役員から、店舗の売り上げ利益回復の見込みがない事から、大勢の役職者達の前でW店長は罵倒され、侮辱され、吊るし上げられた。

居ても立っても居られず、店舗の鍵持ちだったW店長と俺は翌日から営業終了後、深夜まで店舗に残り、売り場の改善を図った。

改善を試み始め5日目の事だ。

時刻は午前1時を過ぎていたと思う。俺は高い天井へ脚立を使い、ポップや横断幕を貼り付けており、店内フロアを一望出来る位置に居た。

一通りの取り付けが終わり、店内を見回すと、同じフロア内に居るW店長のものとは明らかに違う、ペタペタ ペタペタと店内を走り回る様な音がしている事に気付いた。

急に商品棚の死角に隠れて見えないで居た、W店長の『うぅ!!』と言う唸り声が店内に響き、口を抑えながら全速力でトイレへ走る姿が見えた。

俺は全身に鳥肌が立っている事を確認した上で脚立を降り、気になり急いでトイレへ行くと、案の定、嘔吐していた。

苦しそうにえずいているW店長を介抱している最中、開いたままのトイレの扉の向こう、薄暗いフロアの商品棚と商品棚との間を、俺は通り過ぎる男の子を確かに見た。緑に紺色の袴を羽織り、自分の頭と同じ大きさ位の赤黒い鞠の様なモノを持っていた。袴から覗かせる真っ白な脚の先には草履を履いていた。。

しばらくして落ち着いたW店長が、

『すまん。。汚ねぇとこ見せちまって。チラチラ走り回ってるのは知ってたんだけどな、気付いたら俺の真後ろに居てよ。[あそぼ]って言うんだよ。。ついうっかり振り返っちまった。危うく目が合うところだった。。』

その日はお互い疲れもピークに達していた事もあり、早々に切り上げた。

翌日、W店長はもともと休暇なのもあり、俺一人で営業終了後、最後の詰めを行なっていた。

午前0時をまわった頃か。なるべく余計な事は考えまいと、今置かれている仕事に一点集中し、事務所の自分のパソコンで作成したポップを貼り付ける為、いざフロアへ出た時だった。

ペタペタ ペタペタと、小走りで走り回る音がする。俺はしきりに【気のせいだ】と自分に言い聞かせ、徐々に強くなる耳鳴りさえも無視をしながら、もうすぐ完成する売り場の事だけを考え続けた。

レジのカウンター内で貼り付ける為の道具を準備していると、赤黒い何かが、こちらにコロコロと転がってくるのが、視界の隅で見えてしまった。

あの子の持っていた何か…。

そう思った途端、先程よりも遥かに強烈な耳鳴りに襲われたのと同時に、立ち上がったまま、急に身体、首から下が動かなくなった。

気が動転し、ふっと足元を見ると、自分の脚の真後ろに、紺色の袴の裾と、草履を履いた真っ白な脚が同じくこちらを向いているのが分かった。

【ヤバい!いる…!】

そう思ったのとほぼ同時だったであろう。

[あそぼ]

自分の腰の辺りから、そう発せられたのが分かった。

俺は、答えたらいけない!と思い、必死に無視をするフリをした。

[ねぇ、あそぼ。。ねぇ。。あそぼうよ。。]

その時、レジ裏に設置してある目の前の小型プリンターの電源が急に入り、A4サイズの1枚の紙が少しずつ、印刷されて来た。

そこには、首、顎、口、鼻、耳と、見たこともない誰かの顔がモノクロで印刷されようとしていた。。

【この子の顔…。。ヤバい…!!!】

気付くと俺は一目散に店舗から抜け出し、帰路につく為駐車場へ全速力で走っていた。

車内でも、自宅に帰宅後も、震えが止まらず、結局その日は一睡も出来なかった。

翌日から、どんな状況に陥ろうと、俺もW店長も、一切店舗に残るのを止めた。

プリンターからは、1枚の白紙が出ているだけだった。

半年の出向期間が終わって少し経った頃、W店長は精神的病が原因で退職をした。

そして今現在この店舗の跡地には、大型商業施設が入っている。

W店長は、もしかしたらあの子の顔を見てしまったのだろうか?

そして、新たな商業施設にも、あの子は現れているのだろうか?

今となっては、知る由もない。

朗読: 繭狐の怖い話部屋

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