考える人は何を考えているのか?

ダンテ・アリギエーリが遺した叙事詩「神曲」

それを元にして作られたオーギュスト・ロダンの彫刻「地獄の門」をご存じだろうか?

 

多くの方はロダンと言えば「考える人」を思い出すだろう。

その「考える人」こそ「地獄の門」の一部として作られた。

実際に「地獄の門」を見れば、その扉の上に「考える人」が確認出来る。

 

私が何でこんな話をしているのか?

それは、今から十年位前の事です。

 

その頃、私はクリスチャンとして「世界が平和になるなら地獄に行ってもいい」とよく祈っていました。

ある日、私はとある「地獄の門」が展示されている美術館へ行きました。

「地獄の門」という彫刻は、世界に七つあり、

それはその一つだったのですがその迫力と美しさに心奪われて見惚れてしまいました。

しばらくその彫刻を見ていると、門の扉が少し開いた気がしたのです。

 

目の錯覚?

最初はそう思いました。

一度、目を逸らしてから再び門に目を向けた時、なんと門が開いているではありませんか……

 

驚きました。

門の向こうには、瓦礫だらけの廃墟群が広がっていました。

 

ふと違和感を感じて、辺りを見回して更に……

いつの間にか私は瓦礫と廃墟の街の中に立っていました。

慌てて門の方向を見ると門はありません。

 

唖然として立ち尽くしていると、私のすぐ後ろの廃墟ビルが爆発しました。

私は爆風で2m位飛ばされて地面に叩きつけられました。

きつい硝煙の匂いが辺りに広がっていました。

 

爆音を聞いて空を見上げると、爆撃機が編隊を組んで飛んでいました。

そこから爆弾がどんどん投下されているのが見えました。

私は焦って立ち上がり走りだしました。

額から生暖かい物が流れて来て、腕で拭うと血がべったりとついていました。

 

頭が痛い……

怪我をしてる……

あちこちで爆発が起こって、どこからともなく沢山の悲鳴が聞こえてきました。

一面が火の海になる中で、多くの人々が現れ、私と一緒に逃げまどいました。

 

廃墟の角を曲がると、戦車と多くの毒ガスマスクをつけた兵士が見えました。

兵士たちはこちらに向けて銃を発砲して来ました。

 

私の周りの人々は頭がはじけ、内臓を溢れ出しながら次々と倒れて行きました。

私と数人は壁に隠れました。

そしてゆっくりと壁越しに様子を覗き見ました。

 

戦車の砲塔がこちらにゆっくり向いて来ていました。

逃げなくては……

私は、意を決して壁から離れて通りの向こうへと走りました。

マスクの兵士が私に向けて一斉射撃してきました。

 

私の走る周囲に土煙が立つ中、私は必死に走りましたが、一発の銃弾が肩をかすりました。

ひどい痛みを感じながらも私は諦めず走りました。

 

何でこんな事に……

背後で爆発音がして何かに足を取られて、私は通りの向こうに着く前に倒れました。

頭の側を銃弾が一発かすめたのが分かりました。

 

ゆっくり振り向くとさっきまでいた壁際は、戦車からの砲撃で崩落し、

さっき一緒にいた人達がその瓦礫に埋もれて足や腕だけが出ていました。

その瓦礫の下からは大量の血が……

 

私は、自分が転んだ原因の何かを見てしまいました。

道に横たわったそれは首と左手と左足がなく内臓を垂れ流している死体でした。

 

私はマスク姿の兵士二人に抱え起こされました。

そして彼らは顔が半分潰れた首を私の前にぶら下げて見せました。

まだあちこちで爆発が起こり、炎と煙が立っていました。

 

私は兵士たちの輪の中に連れていかれて、そこに投げ出されました。

彼らがみんなして毒ガスマスクを外して、私に向かって銃を構えます。

 

私は目を疑いました。

彼らは人間ではありませんでした。

醜悪な顔と口から覗く牙…… 悪魔だと思いました。

 

彼らはずらりと並んだ牙を見せながらニヤリと笑うと私に向かって一斉に引き金を引きました。

私はこの世の物とは思えない激痛の中、もうやめてくれと叫んでいました。

 

ふと気が付くと、「地獄の門」の前で泣いていました。

声がしました……

 

君はあそこにまた行きたいと思うか?

あそこは死んでもすぐ生き返ってまた殺される。

永遠に、永遠に…

それでも君はあそこに戻りたいか?

 

私は門の上に目を上げました。

門の上の「考える人」が顔を上げて私を見ていました。

私は心の中で叫びました。

 

あそこには二度と戻りたくないと……

 

「考える人」は、

もう平和になるなら地獄に落ちても構わないなどと考えるな。他の道を考えながら探せ」

と語ると、再び握った拳の上に自分の口を置いて動かなくなりました。

 

私は恐る恐る辺りを見回しました。

そこは美術館でした。

 

あれ以来、私は平和になる事は祈りながらも二度と「地獄に落ちても構わない」とは思わず、

祈るだけではなく、あの地獄をこの地上に再び再現させてはならないと戦争を無くす為の活動を行っています。

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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