骨喰いジジイ

「早く寝ろ。骨喰いジジイが出るぞ」

子どものころ夜更かししていると、よく父にそう言われた。

これは、父が祖父から聞かされた怪談らしい。

神奈川県鎌倉市にある父の実家、その家の裏には墓地があるのだが

真夜中になると、「骨喰いジジイ」というおばけが出るというのだ。

「骨喰いジジイ」は、枯れ木のように痩せこけた、白髪の老人。

昔から墓を暴いては、土葬された死体の肉を喰らってたそうだ。

しかし、土葬から火葬に変わってから、死肉が食えなくなり

現代では仕方なく、骨を喰らっているのだという。

私は子どもの頃、父からこの話を聞くたびに、笑い転げていた。

「骨喰いジジイ」という音の響きや

土葬だった頃から生きているのか

そもそも大昔は「肉喰いジジイ」だったのか、など……。

さまざまなツッコミどころが絡まり合って、おかしくて仕方なかったのだ。

父も、そんな私を見て、滑らない鉄板ネタのひとつとして

「骨喰いジジイ」を語ってくれていた。

ある日の夏休み、鎌倉の祖父の家に泊まりに行くことになった。

夜眠っていた私は、トイレに行きたくなって目が覚めた。

たしか、夜の10時とか11時だったと思う。

居間から、父母、祖父母が酒を飲んで談笑する声が聞こえた。

寝室と居間は、廊下を通じて離れた場所にあり

ひとりぼっちの廊下を歩くのが、とても心細かったのを覚えている。

トイレに入って立小便をしていると、正面にある小窓が目に入った。

窓は裏庭のほうを向いており、そこから「骨喰いジジイ」が出るという墓地が見える。

私はなんの気なしに、窓を開き、墓地を見た。

竹林のなかにある、さびれた墓地だ。

虫のたかった力ない外灯が、墓石をぼんやり照らしていた。

そこに、男がいた。

ボロボロの服を来て、枯れ木のように痩せている。

そいつが墓石にもたれかかり、背中で押している。

「ウウー、ウーア、ウーア!!」

といった、言葉にならない叫びをあげているのがわかった。

「骨喰いジジイだ……!」と、私は思わずつぶやいた。

恐くてしょうがないはずなのに

夢中で窓に顔を近づけて、骨喰いジジイを見ようとした。

そのとき――。

帽子を被った人影が2人、骨喰いジジイに近づいてきた。

どうやら夜にパトロールをしている警官らしかった。

外灯の灯りに交じって、パトカーのランプの赤い光が墓地を照らしていた。

警官はいくつか話をすると、骨喰いジジイを墓地の外に連れて行った。

ろくに抵抗もしない、背中は丸めて小さくなったジジイの姿が忘れられない。

彼らが見えなくなったあと、私は居間で談笑している両親と祖父母のもとに走った。

「骨喰いジジイがいた! 警察に連れていかれた!」

興奮してそう伝える私を見て

酒の入ってできあがった両親と祖父母は、大声をあげて笑った。

「おまえも見たのか。じいちゃんも、おまえの父ちゃんも、子どものころ見たんだぞ」という祖父。

「警察に任せておけば大丈夫。心配いらないから、もう寝なさい」という父。

興奮して寝つけない私に、母が付き添って一緒に寝てくれた。

その夜はなんとか眠ることができたが、

もしあのとき、ジジイと目が合っていたら、外で出会っていたら……と

恐い妄想が止まらなかったのを覚えている。

以来、祖父母の家で「骨喰いジジイ」を見ることはなかった。

今思えば、父もその日から「骨喰いジジイ」の話をすることがなくなった。

単純に私が大きくなったから、子ども向けの冗談を言わなくなったのかもしれないが……。

それから数十年。

祖父母が他界し、家も売り払われた今は、例の墓地に近づくこともなくなった。

だが、今もずっと気になることがある。

祖父は、

「じいちゃんも、おまえの父ちゃんも、子どものころ見たんだぞ」

と、たしかに言っていた。

それは、私が見たのと同じ人物だろうか。

それとも、あの墓地は不審者が集まる場所で

私たちが見たのはそれぞれ別人なのだろうか。

もしそうなら、その不審者たちは、皆一様に墓を暴こうとしていたことになる。

そんな偶然があるのだろうか。

もしも、私たちの見た「骨喰いジジイ」が共通の人物で

祖父や父の子ども時代から存在したのだとしたら……

あれは何年生きているのだろうか。

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