幼稚園を追い出された話

 私は、幼稚園を追い出されたことがある。
 理由は、「ずっと泣いていて面倒を見切れない」からだった。

 私がずっと泣いていた理由──。
 幼稚園には、怖い女の人がいた。

 乱れた長い髪に、どす黒く汚れたワンピースを着た女の人……。
 顔色は青白く、常に口から血を滴らせていて、怒りに満ちた禍々しい形相で、いつも私を見ていた。
 その女の人が怖くて、私はいつも泣いていたのだ。

 登園の際には門の所に立っている。
 先生に注目しなければいけないときは先生のそばにいる。
 トイレに入ると、個室の上部から覗いている。
 お絵描きをしていると、画用紙と私の間に仰向けに割り込んでくる。
 わたしを心配して、幼稚園の近所に住む知り合いが様子を見に来てくれるのだが、当然、その時はその知り合いの傍に立って睨んでいるのだ。
 そうして、私は幼稚園にいる間、ひたすら恐怖に慄き泣いていた。
 その女の人は、私にしか見えていないようだった。

 2度程、先生にその旨を訴えたことはあるのだが、まったく相手にしてくれなかった。
 でも、両親には言わなかった。両親にまで否定されるのがとても怖かったからだ。
 結局、両親が幼稚園に呼び出され、医者に相談した方がよいとかなんとか言われた挙句、退園となった。

 幼稚園の門を出た時、振り返って見た教室の窓辺に、女の人がいた。
 いつもの表情とは違い、二ヤ~とした表情をしていた。

 その後、医者にも連れていかれたが、「神経質な所はあるが、特に病的な問題は無い」とのことで、しばらくして別な幼稚園に通いなおすことになった。
 新しい幼稚園では、まるで人が変わったように明るく、元気な日々を送った。
 両親は、そのあまりの変わりように首を傾げたが、なにより元気に幼稚園ライフをエンジョイしている我が子をみて安心しているようだった。

 あれから何十年経った今でも、あの時の恐怖が心に留まっている。
「女の人」と書くのは、呼び捨てる様な書き方をするとなんとなく怖いからだ。
 今行っても、睨まれるのだろうか……。

 絶対、行かないけれど。

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