家族に起きたこと

自分は心霊現象により恐い思いをしたことや、不思議な体験をしたことがありません。ですから、私の家族が体験した話を書かせていただきます。
初めにお断りしておくのですが、どれも短くて、全然怖くない上に、何一つ解決もしていない、そんな話ばかりです。
私の家は、私、妻、長男、次男の四人家族です。私以外の家族がそれぞれに体験した話なので、短編3話オムニバス、みたいな感じになります。

長男の話
あれはまだ次男ができる前で、長男もチャイルドシートが必要な年齢だった頃のことです。
その頃私たち家族は、3人でよく旅行に行っていました。
行く時はいつも自家用車を利用していたのですが、席は決まって、運転席に私、助手席に妻、後部座席に長男がチャイルドシートに乗って1人、と言う具合でした。
19歳になった今でも長男は、「いっつも1人で退屈だったよ」と、この頃のことを根にもつ発言をします。
いつだったか、どこへ行った時だったか、明確には覚えていないのですが、確か、どこかへ泊まりがけの旅行に行った、あれは帰り道でのことだったと記憶しています。
まだ午前中で、ものすごく天気のいい日でした。私の運転する車は、ただひたすら真っ直ぐに続く片道一車線の坂道を、結構なスピードで登っていました。
一車線とは言え道は広く、時々対向車とはすれ違いましたが、前にも後ろにも同じ道を走る車はありませんでした。
私はまるで正面に見える真っ青な空に吸い込まれていくような気分で気持ちよく車を走らせていました。
車の左側は高い壁で、説明が難しいのですが、道は斜めに登って行くのに、壁は水平。つまり、走るほどに左側の壁はどんどんどんどん低くなってくるのです。
やがて坂道を登りきると、壁は完全になくなり、そこには畑が広がっていました。
畑と言っても、林檎か梨か、詳しくはわかりませんが、そんな低木がたくさん生えている、恐らくは果樹園、だったのだと思います。
(ああ、壁の上は畑だったのか)と、走りながらチラリと左側を見て、思った記憶があります。
それから暫くは何事もなく、ただ平坦になった道を相変わらず気分よく走っていました。
左側に広がる果樹園がようやく終わった頃、後部座席にいた長男が突然、
「おじいちゃんいたねぇ」と、無邪気な声で言ったのです。
たった今通りすぎた畑、と言うか果樹園以外に、そんな場所はなかったので私は、
(ああ、おじいさんがいたのか。農家の人なのかな?)
と思いました。自分は長男の言うような老人の姿は見ていませんでしたが、何分にも運転中でしたし、一瞬チラリと脇見をしただけだったので、きっと見落としたのだろうと、そう思いました。
私は後部座席でひとりぼっちの長男が退屈だろうと思い、その話に乗り、会話を膨らませようとして、
「おじいちゃんいたかあ!」
と、やたら明るい声で即座に言い返しました。
「おじいちゃんいた」
私の質問に長男が可愛い声で答えます。
「おじいちゃん、何してたあ?」
と、続けて訊くと、長男は相変わらず無邪気な、機嫌のいい声で元気に答えました。
「おばあちゃんおんぶしてたあ!」
その答えに私は一瞬言葉を失いました。が、すぐに幼い長男の気分を壊してしまうことを恐れ、
「へ、へぇ~、おじいちゃん、おばあちゃんおんぶしてたのかぁ」
と、辛うじて言いました。本当にあんな、漫画みたいな言い方になるもんなんだ、と今思うとおかしくなりますが、それにしても、低木の林の中で佇むおばあさんを背におぶったおじいさん…
私がそっと隣の妻を見ると、妻も無言で私を見返していました。
おじいさんは、何故おばあさんをおぶっていたのでしょう?もしかして、おじいさんの背中には、長男にしか見えないおばあさんかしがみついていたのでは…?
そんな風に思ったりもしましたが、今となってはもう、真相は何一つわかりません。

次男の話
これはごく最近の話です。ある休日の日中、家には次男1人しかいませんでした。
私と妻はそれぞれ仕事、長男もバイトに行っていたのではないかと思います。
中学生の次男は、自室で友人とオンラインゲームをしていたそうです。
スマートフォンの無料通話アプリを使って会話をしながら、お互い家にいたまま一緒にゲームを進めていました。
1つのプレイが終わり、もう一度遊ぼうとした次男はたくさんあるゲームキャラクターの中からどれを使おうかと悩んでいました。
「よし、こいつにしよう」
ようやく1つのキャラクターに決め、それを選択した瞬間、背後から
「へえ…」
と、女の声が聞こえました。家族は全員出掛けていると思っていた次男は慌てて振り向きましたがそこには誰もいません。
狭い部屋の中には隠れるような場所もありません。
気のせいか、そう思い顔をスマホに戻すと、電話の向こうにいる友人が唐突に、
「お母さんいるの?」
と聞いてきました。
「え?いないよ」
と答えると、今度は
「あれ?お前妹いたっけ?」
と訊かれました。
「いないよ!ってか今家に俺1人だし!」」
そう答えると電話口の友人は不思議そうな声で、
「じゃあさっきから後ろで喋ってる女の人、誰?」
と言うのだそうです。次男はあまりの怖さに、
「やめろよお前、恐ええだろうが!」
と、言い返しました。怖すぎて、思わず笑ってしまったそうです。
この他にも、次男の部屋ではしょっちゅう、本棚から音をたてて本が床に落ちる、と言う現象が起こります。
本の落ちる、「バサッ」と言う音があまりにも大きいため、次男はいつもそれで目が覚めてしまうそうです。
そんな時、眠たい目で時計を見ると、決まって午前3時を指しているとのことです。
その後は特に変わったことも起きないし、恐いと思うこともないらしいのですが、とにかく睡眠を妨げられるので、
「やめてほしいんだよね」と、心底うんざりした声で言っていました。
色々な本が落ちますが、子供の頃に私が古本屋で買ってあげた、「ぐりとぐら」と言う絵本の落下率が、べらぼうに高いらしいです。
横長の形をしたこの絵本を次男は、しっかりと本棚の奥まで押し込んで立てているので、自然に落ちる要素など、まるでないんですけどね。

妻の話
結果から言うと、今から書くこの話には、お化けや幽霊の類いは出て来ません。
ですが、個人的には一番恐いと思っている、そんな話です。
私の妻は宮城県仙台市の生まれで、地元の高校を出るとすぐ、東京にある専門学校へ通うため上京しました。
先に宮城を出ていた姉を頼り生活を始めたのは神奈川県で、田園都市線沿線の駅が最寄り駅だったそうです。
学校へ通う傍ら、都内でバイトをし、夜遅くなってから神奈川にあるアパートへと帰る。そんな日々でした。
ある日、いつも以上にバイトがハードで、妻は疲労困憊して帰宅の途につきました。
幸い乗った電車はガラガラの状態だったので、妻はすぐに空いたシートに腰かけました。
疲れきっていたため、腰かけるなり、そのままぐっすりと眠り込んでしまったそうです。
いつしか電車は、いつも自分が降りる駅に到着していましたが、それでも妻は目覚めることがありませんでした。
その時不意に腕を強く掴まれ、大きく揺さぶられると同時に、
「着いたよ!!」
と、大声で言われました。
体を揺さぶられる振動とその大きな声に一気に覚醒した妻は、ハッとして周囲を見回しました。見れば電車は、自分の降りるべき駅で扉を開けて停車しています。
慌てて立ち上がり、開いたドアから暗いホームへと飛び出しました。飛び出た瞬間、背後で電車のドアが閉まります。
よかった、乗り過ごすところだった。そう思って胸を撫で下ろした妻でしたが、次の瞬間には、
(あれ?今起こしてくれたのは誰だろう?)
と言う疑問を覚え、急いで後ろを振り向きました。
たった今自分が飛び降りた電車がゆっくりと動き出しています。
明るい車内には、サラリーマン風の中年男性が1人…。
まったく、知らない人でした。
恐らくこの男性に悪気などは一切なく、強い勇気を持って、心からの親切で起こしてくれたのでしょう。
しかしまだ20歳を過ぎたばかりで、独身だった当時の妻は、見知らぬ男性に自分の降りる駅まで把握されていたと言う事実に、猛烈に恐怖を感じたそうです。
多分妻とこの男性は、毎日同じ電車の同じ車両に乗り合わせていたのでしょう。
妻はまったく記憶にないようですが、相手はずっと、自分を見ていたのかもしれません。
その話を聞いて私は、
(結局、人間が一番恐いってやつかな?)
とうすら寒く思ったのを覚えています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる