生ける屍

目が覚めた。
記憶がはっきりしなかったが、徐々に思い出せてきた。
最後の記憶は、この山中で車の運転を誤ってガードレールを突き破った事。
俺は、壊れた車の中で何時間眠っていたのだろうか? ふと、不思議な事に気が付く。

車は、事故をしたばかりという風情でもなく、
しばらくこの谷底に放置されたような状態に見えた。
俺は、シートベルトを外して、錆びかけたドアを無理やりこじ開けて外に出た。
上を見る。 落ちた道路までは、崖で30メートルはありそうだった。
自力で登るのは無理そうだと判断して、俺は、スマホを取り出した。 電池が切れている。

おかしい。 今日は、きちんと今朝まで充電していたし、通話もアプリも使ってない。
太陽も真上付近だから、電池が切れるのはおかしい。
事故った時に壊れたかなと俺は思ったが、スマホ自体に外傷は見当たらない。
やけに眩暈もするので、早く病院に行きたいと思いながらも、困って思案していた。
何故か頭もボーっとする。 ふと下の方を見ると川が見えた。
俺は、川伝いに下流に出る事にして歩き出した。

体調が思わしくないが、異常に腹が減っていた。
こんなところで倒れたら誰も助けには来てくれないだろう。
俺は、不安を感じながらも歩き続けた。
やっと人里まで下りれらた頃には、陽がかなり西に傾いていた。
熱があるのかもしれない。頭がとにかくボーっとする。
そして腹がすく。 何でも良い。何か食べたい。

「大丈夫ですか?」
川岸にいた男が声をかけてくれた。
俺は、救急車を呼んでもらおうとしたが声が出ない……
う~う~と、唸るような声しか出せない。
川岸にいた男が、俺の異変に気が付いて、あわてて近づいて来た。

「どうしました? 大丈夫ですか?」
その男が美味そうに見える。食べたい。とにかく腹が空いた。こいつは、喰えそうだ。
そう思った時、俺は震撼した。
俺は、何を考えているんだ? 人を喰うだと?
そして、俺は、はっとした。
気が付きたくはなかった。
俺は、車の中で目が覚めてからずっと、息をしていた記憶がない…

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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