見送る少年

今から、20年位前の話になります。

私は、交通事故にあったそうです。
あったそうですと言うのは、その時の記憶がなく、
気が付いたら病院のベッドの上でした。

最初の頃は、打撲と足の骨折の痛みと発熱で、ベッドから起き上がれず、
うんうんと唸って寝ていましたが、1週間もすると随分と楽になって、
暇を持て余すようになりました。

両親が暮らす故郷も遠く一人暮らしで人つきあいも苦手な私には、
友達もおらず会社も辞めたばかりなので見舞いに来る者もなく、
自然と同じ部屋に入院している唯1人の中学生の少年と親しくなりました。

少年も、まだ未成年であるにも関わらず見舞客がまったく来ません。
その事を少年に聞いてみるも、そこは聞かれたくないのか、
いつも上手くごまかすので、その内、聞いてはいけないのだろうなと、
その話題を避けるようになりました。

気が付けば、ある夜には、少年がこっそりと1人の看護師さんに気があると
照れながら話してくれる程、2人は、気心が知れて仲良くなっていました。

事故にあう前の私は、健康そのもので病院には縁がなく、
その病院も知らない場所でしたが、看護師さんたちもお医者さんも親切で、
親身になって手当してくれるので、少年とこの病院で運が良かったと
話したりもしていました。
入院は、初めてでしたが、その日々は、退屈もせず楽しかったと思います。

とある日の朝、私は、目を覚ますと驚愕してしまいました。
一夜にして病室が廃墟のようになってしまっていたのです。
私のベッドもボロボロで、何年も放置されていたようでした。
少年のいたベッドは、錆びていてマットさえない状態です。

寝ている間に自分は、どこか別の場所に運ばれたのかと思い焦りましたが、
不思議な事に、私の着ている服は、事故当時のままで血までこびりついていました。

私は、折れた足をかばいながらも、壁を伝い1階におりました。
院内は、ぼろぼろで何年も放置されているような廃墟でしたが、
自分が入院していた病院に間違いないと確信しました。
私は、支えのないまま、ふらふらと病院から外に出ました。

山奥でした。

まったく意味が分からず、道に出ようと何とか私は歩きだしました。
その時、後ろから声がしたのです。
「退院、おめでとう……」
振り返ると、自分が入院していた2階の病室の窓から、
あの少年が私を見降ろしていました。

とても悲しそうな目をして……。

朗読: 怪談朗読と午前二時

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