赤い着物の日本人形

これは私が人形を見るのが怖くなってしまった出来事です。

その日は、とくにやることもなかったので
運動がてら気ままに自転車を走らせていました。

ふと見上げると、小高い山の中腹に鳥居があるのが見えたんです。
気になったので、休憩ついでに寄ってみることにしました。
草に埋もれそうな石段を登り、鳥居の前に辿り着いた時に
違和感というか、寒気を感じました。

ただ、奥に見えたお社が思っていたよりもボロかったので
そう感じたんだと思いました。
ボロかったとはいえ、せっかく登ってきたので
お社を近くで見てみようと思い近づくと、お社の周りも荒れていて、
一目でもう使われていないのだとわかりました。
そろそろ帰ろうかと踵を返すと、鳥居の足元に何かがあるのが見えました。

不思議に思い近づくと、ちょうど入ってくる時には死角になる位置に、
赤い着物の日本人形が置いてありました。
これまた不気味だなぁ…と人形を覗き込むと
目が合ったような気がして怖くなりました。
早く帰ろう、そう思い立ち去ろうと鳥居をくぐるその時でした。

「ワタシのこと覚えてる?」

反射で人形の方へ振り返ると、お社を向いてたはずの人形が
こちらを向いて置かれていました。驚きと恐怖で私は動けませんでした。
「遊んで?」
光のない人形の目に見つめられ、首を左右に振るので精一杯でした。

すると奇妙なことに、その人形が口角を上げてケタケタと笑い始めました。

その異様さに鳥肌が立ち、転げ落ちるように石段を降りて自転車まで戻ると、
そこでまた恐怖に身体が固まりました。

先程の人形が自分の自転車のカゴに入っているのです。

「あなたの持ってる人形に会いたい」
全ての意味が理解できず、無我夢中で自転車を投げ倒しました。
その反動で、人形が側溝の水に落ちてしまったのですが、
とにかくこの場所から逃れたい一心で、自転車を抱え起こし家に帰りました。

帰り道で必死にあの人形の言っていた言葉を考えました。
『あなたの持ってる人形に会いたい』
ぬいぐるみは部屋に置いてあったような気もしますが、
神社で会った人形と関係のありそうなものなど、持っていた記憶がありません。
ましてや、日本人形など家にあった記憶もありません。
そのまま家に着いたものの、夕飯を食べる気にもなれず、
何かをする気力も起きず、早々に布団に横になりました。

しかし、それが間違いでした。
いつもは起きないような真夜中に目を覚ましてしまったんです。
静かな部屋に時計の針の音が響いて聞こえました。

とりあえず、トイレにでも行こうと廊下に出て歩いていると、ピシャ…と水を踏みました。

何で廊下に水が?と不思議に思いながら廊下の電気を付けると、
点々と廊下に水滴が付いており、その水滴は物置部屋の前で途切れていました。
静かに近づいて行くと、かすかに声が聞こえてきました。

「いない…どこ?」

好奇心でほんの少しだけ扉を開けて覗き見ると、
そこには夕方に見たずぶ濡れの人形がいました。

「…いない…ここじゃない」

そう言い終わると同時に、人形はゆっくりとこちらを振り向きました。

軽い悲鳴を上げながら階段を駆け下り、スウェット姿のまま家を飛び出しました。

幸い携帯電話を所持していたので、友達に電話をかけ、友達の家に上がり込みました。
事情を話すとお祓いをするべきだ、と言われお祓いをしてもらえる神社を探し、
友達に車を出してもらう事になりました。

神社に着く頃に陽が明けてきました。
だいぶ早い時間でしたが、神社の敷地に入ろうと向かっていると嫌な予感がしました。
鳥居の下に赤い何かがあるのが見えます。
無視して行こう、という事になり人形を見ないようにして鳥居に近づきました。
「いない…どこ行ったの?…いない」
鳥居に近づくにつれて声が聞こえてきました。
それも無視しながら人形の横を通り過ぎようとすると、
先程とは違うセリフが聞こえてきました。
「…どこ行くの?」
今までとは違う男のような低い声でした。
ドキリとして足早に神社の境内へと向かいました。
運良く外に出ていた神主さんに事情を話し、すぐにでもお祓いをしたいと伝えました。
すると、神主さんは少し遠い目をしました。
「お祓いよりも、縁切りの方が良いかな」
どういうことか分からず、色々質問をするも
「うーん…どうだろうね」
と歯切れの悪い回答が帰ってくるだけでした。
その後、無事に縁切りの儀式をしてもらいました。
これだけで、大丈夫なのかと不安も多かったのですが、
帰り道の鳥居には人形の姿はなく、その後もあの人形は見ていません。
何故私に付いてきたのか、私に関係のあった人形なのか、
誰を探していたのかは謎のままです。
ただ、今でもあのケタケタと笑う顔を思い出してしまって、
日本人形を見るのが怖くなってしまいました。
朗読: ゲーデルの不完全ラジオ

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