ママ

「ママ」
私が台所で昼食の支度をしていると、5歳の娘が声をかけてきた。

振り返ると、娘は、1匹の茶トラの子猫を抱いて、
もじもじしながらこちらを見て立っていた。

「その子、どうしたの?」

私が娘に声をかけると、消えかかるような小さな声で飼っても良いかと聞いて来た。

「う~ん。パパに聞いてみてからかな? ママは、良いと思うけど……」

娘は、私の返事を聞くと、うれしそうに頷いて居間の方に猫を抱いたまま駆けて行った。
その晩、主人が帰って来てから皆で夕食を食べている時に、娘が私に目配せをしてきた。
どうも自分から言いにくかったようだ。

「パパ。早苗が子猫拾って来たんだけど、飼っても良いよね」

主人の箸が止まる。
そして私を何故か悲しげに見返してきた。

次の日、主人は、会社を休んで私を病院に連れて行った。
そしてそのまま私は、入院する事になった。
主人は、私のベッドの横でビワを剝いてくれた。
娘は、子猫を抱いたまま、心配そうに私を見ていた。
主人が剝いたビワをお皿に入れて、私に手渡しながらぽつりと言った。

「もうさ、認めないと……
あの子は、早苗は、交通事故で逝ったんだよ。
子猫が車に轢かれそうになって、助けに飛び出して……
一緒に逝ったじゃないか……」

私は、娘を見た。
娘は、子猫を抱えたまま、不思議そうにこちらを見ていた。

「あなた、何言ってるの? 早苗も猫もここにいるじゃない」

主人が深くため息をつく。
私は、主人の手の甲に猫の引っ掻き傷を見つけた。
子猫の爪は、するどいから気が付かない内に、ついたのだろう。

「あなたが入院するべきじゃない?
その手の甲を見てみたら?
猫ちゃんに引っ掻かれてるわよ」

主人は、驚いたように傷を見ていたが、再び深いため息をついた。
娘は、ニコニコと子猫と一緒に私を見ていた。
私も娘に微笑んだ。

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