悲しい記憶

私は、会社の外の非常階段を上がる男性を見つけました。
以前、このビルから飛び降り自殺をした人がいたので、
心配になった私は、すぐに彼の後を追いかけました。

男性は、結構早くて、屋上でやっと彼に追いつきました。
「待って」 私が声をかけると、彼は驚いたように私に振り返りました。
私は、彼を通気口の縁に連れて行き、落ち着かせるように、
そこにいっしょに腰をかけました。

「まさか飛び降りる気じゃなかったんだよね」

彼はうつむきながらも、そうじゃないと呟きましたので、
私は少し安心しましたが、様子がおかしかったので、事情を話すように促しました。
彼は泣くのを我慢するように、奥歯を噛み締めながら、ぽつりぽつりと話し始めました。

彼が言うには、以前付き合っていた同僚の女性と些細な事でもめて別れ話になってしまい、最終的にその女性がこのビルから飛び降りてしまったと。
そう、例の飛び降り事件の当事者だったのです。

彼は続けました。
なんでも、その事件以来、会社の人が飛び降りるその女性の霊を見るようになったので、彼女の霊に出会えるなら会いたいと思ったらしく、会えたら彼女に謝りたいと、そしてもう死んでいるんだから成仏して欲しいと伝えたくて、今日屋上に来たのだと言う事でした。

私は、とうとう涙を流し出した彼の肩を優しく抱きしめました。
私もある記憶がよみがえりました。
悲しみの中で忘れていた記憶です。
私は愛する彼に伝えました。
「あなたの気持ちは、良く分かったわ。本当にごめんね。辛い思いをさせちゃったね。じゃあ、私は安心して逝くから、あなたも気持ちを入れ替えて、良い人を見つけて幸せになってね」

朗読: 小麦。の朗読ちゃんねる

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