「夢だからって油断しちゃいけない。特に怖い夢は」

交通事故にあったT君のお見舞いに行った時、暗い顔で彼は語った。
事故にあう二週間ほど前から毎日同じ夢を見るようになったそうだ

自室のベッドで目が覚める。なんとなくこれは夢だとわかったらしい。
現実と同じようにベッドから起きて顔を洗い、
朝食を食べてから身支度を整えて会社まで徒歩で出勤する。

交差点でスマホを見ながら信号待ちをしていると、
不意に後ろから「早く行けよ」と声がした。
信号が変わっているのに動かないから急かされたのだと思い、
慌てて歩き出しながら顔を上げた。
信号は赤のままだった。

その瞬間、けたたましいクラクションの音が聞こえた。
身体が跳ね飛ばされる。いつもそこで目が覚めて飛び起きるらしい。

そんな夢を見続けていてノイローゼ気味になり、夜にベッドで眠るのが怖くなった。
ソファーに横になり睡眠導入剤やお酒に頼らないと眠れなくなっていたそうだ。

自室のベッドの上で目が覚める。またあの夢だ。
起き上がろうとしたが頭がクラクラする。
すぐにでも夢から覚めたかったので無理矢理身体を起こし、
家を飛びだしてあの交差点へ向かった。
今回は先に何人か信号待ちをしている人がいた。
そんな事などお構い無しにその人達を押し退け道路に飛びだした。
けたたましいクラクションの音。身体が宙に舞う感覚。そこで意識を失った。

「目が覚めたら病院のベッドの上だったよ。あの日は夢じゃなかったんだ」
私は何も返す言葉が見つからなかった。
憔悴しきったT君が最後にポツリと言った。

「最近は、この病院から飛び降りる夢を見るんだよね」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

閉じる